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表紙

火の雫  41
 真路に構ってもらうのは楽しかった。
 コンドーム持ち歩いてるなんて、どんだけ遊び人なんだ、とは口に出さなかった。 いろんな心配をなくすための、立派なエチケットだ。


 絵津の髪がすっかり乾くと、真路は自分の頭をささっとブラシでとかして、数分の熱風で簡単に整えた。
 その間に、絵津は服を着た。 真路は裸のまま、平気で部屋を行ったり来たりしていた。 風呂上りで服の束縛から逃げ回る小さな男の子のように。
「今度うち来る?」
 不意に真路が立ち止まって尋ねた。 つながりのない問いに、絵津は少したじろいて眉を上げた。
「ああ……。 え?」
 真路は、顔を寄せて眼を覗き込んだ。
「え? なんで驚くの?」


 ……なんでだろう。 さっき彼と抱き合ったばかりだというのに、絵津の心はまだ半分他人行儀だった。
 何かが違う。 そんな気持ちが、心の隅にわだかまっていた。 彼と自分と、どちらに原因があるのかわからない。 ただ、手放しで彼の心に踏み込んでいけないのは確かだった。
 困って、絵津はぎこちない微笑を浮かべた。
「お宅、立派すぎて」
「おたくって」
 真路は首を振った。
「俺んちに圧倒されてんの? 正確にいうと、俺んちじゃなくて親父んちだけど。 みんなどんどん来てるよ」
「女の子も?」
 自分の声を耳で聞いて、絵津は唇を噛みそうになった。 しまった、焼き餅を焼いているような態度は、絶対見せないと決めていたのに。
 真路は、特に反応を見せず、あっさりと答えた。
「来るよ、ふつうに」
 それから、ようやくチラッと絵津に視線をくれた。
「みんなでビャーッって押しかけてくんの。 女と二人きりは、ないな。 たるいから。 何話したらいいかわかんなくて」
 蟹の泡のように、声に愉快そうな響きが混じった。
「絵津は例外だ。 黙ってても楽しい」


 なんか仄めかされている気がして、絵津は自然に赤くなった。







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