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表紙

火の雫  40
 彼はスキップに似てる。 仔犬みたい。
 キスの合間に、絵津はそう思った。
 短い息遣い。 肩や胸を這う唇。 まるで人なつっこく飛びつく犬のようだ。
 ただ、違うのは肌触りだった。 真路は強く、なめらかで、潮の匂いがした。
「朝、泳いだ?」
 頬が重なったとき、耳元で訊くと、低い囁きが返ってきた。
「うん、二条浜で一泳ぎした。 なしてわかる?」
「海っぽい」
「塩辛い?」
 息に笑いが混じった。 絵津は、姿勢を変えた真路の首に腕をからめ、次に起こることへ心の準備をした。
「そうじゃないけど」
「海は俺の必需品。 特に夏は」
 言い終わると、真路はなだらかに体を沈めた。 絵津の上半身が、大きく反り返った。
 ごくかすかな声が聞こえた気がした。
「絵津も俺の必需品」


 真路は情熱的だったが、落ち着いていた。 余計なことは言わず、動作でリラックスさせてくれた。
 だから、安心感は消えなかった。 ぴったり密着していると、幸せさえ感じた。
 動きを止めた後、真路は絵津の横に転がって、うつぶせになった。 右腕の肘を曲げて、顔を埋めている。 波打つ肩が次第におさまっていくのを、絵津は無言で見つめていた。
 初めて、彼を限りなく愛おしいと思った。


 やがて、真路が顔を上げた。
 目と目が合った。
 おどけた光が、彼の瞳に宿った。
「泣かねーの?」
「誰が?」
 泣くより何より、急に恥ずかしくなった。 絵津は手探りで枕を引き寄せ、ポフッと真路の顔に被せた。
 真路は、うなぎのように身をよじり、笑い声を上げた。
「わっ、降参! だから止めれ。 ちょっとこれ……」
 枕から抜け出して避妊具を外すと、彼は首を伸ばして絵津にキスした。
「シャワーしに行こう。 洗いっこする?」




 シャワーヘッドが二人の手を行き来して、バスルームは窓までびしょぬれになった。
 結局、その日二度目のシャンプーをする羽目となり、真路がドライヤーを当ててくれた。
 乾かしながら、真路は何度も絵津の髪を持ち上げて鼻に当てた。
「すぐさらさらヘアーにしてやっからね。 んー、いい香り」







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