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表紙

火の雫  39
 部屋は、さっきまでつけていたエアコンの名残で、まだひんやりしていた。
 ドアを開けたまま、絵津がクローゼットの棚を探していると、軽い足音がして、真路が背後に立った。
「箱、降ろしたげようか」
 確かに棚は高くて、絵津が爪先立ちしても、箱の下に触れるのがやっとだった。
「俺がどんどん上に載っけちゃったから。 取りにくいだろ?」
「じゃ、あの大きめの白い箱」
「よーし」
 真路は絵津より二十センチ以上背が高い。 たやすく箱に両手をかけて引き下ろし、絵津に渡した。
 指と指が触れ合った。
 とたんに、電気のようなものが走り、二人は動きを止めた。
 白い箱が、横の床に落ちた。 カタンという軽い音がしたが、二人ともほとんど聞いていなかった。


 抱き合って唇が重なったとき、護られているという安心感が全身にしみわたった。
 なぜだろう。 なぜ危険と感じないのだろう。 若い男の子と二人だけで寝室にいるのに、絵津は母といるより自然で、ゆったりした気分に包まれていた。
 それでも、顔がわずかに離れた後、言ってみた。
「出かけるんでしょう?」
 ちょうと目線の上で、形のいい口が笑みを作るのが見えた。
「すごい暑さだよ。 ここにいよう。 遊びに行くのは暗くなってからにしようよ」


 こんな誘惑に乗るなんて、と、常識的な大人なら言うだろう。
 だが、絵津のほうも誘っていた。 ドアを開けっぱなしにして、わざと真路を入れた。
 さっきの女子がいなかったら、こうしたかどうかわからない。 ライバル心? これから起きることへの好奇心か? それとも……。
 うなずく代わりに、絵津は壁に歩いていって、フックにかけてあるリモコンのスイッチを入れた。 ウィーンという低い音と共に、エアコンが作動した。
 静かな足取りで戻ってきた絵津に、真路が一言だけ尋ねた。
「いい?」
 一瞬間を置いた後、絵津はきっぱりと頷いた。




 ベッドに向かい合って坐り、二人はそれぞれ服を脱ぎ始めた。
 真路がシャツを取り、絵津がスモックを頭から抜いたところで、二人は目を閉じて唇を触れ合わせた。
 そのままの姿勢で、ボトムスと下着を体から剥がした。


 それからゆっくりと、お互いを腕の中に包みこんだ。






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