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表紙

火の雫  37
 金曜の朝、生ハムとレタスとトマトを載せたオープンサンドにピーチジュースという朝食を取った後、絵津は着ていく服のコーディネートに取りかかった。
 あっという間に、ベッドの右半分がシャツ類、左半分がボトム用で埋め尽くされた。


 男の子に誘われた経験がないわけじゃない。 夏の定番お化け屋敷に連れていかれたこともある。 相手の子は絵津にしがみついてほしかったのだろうが、ラップ音はともかく血のイメージにやたら弱かった。 井戸から這い出してきた貞子もどきの女幽霊が、爪の先から赤いものをしたたらせているのを見たとたん、腰を抜かした。


 吸汗キャミを手に取りながら、絵津は思い出に顔をほころばせた。
 その子は、お化け屋敷を出てから、足を滑らせたんだと弁解した。 絵津は彼に悪い印象は持たず、むしろカッコつけの強い男子より感じがいいと思ったのだが、それきり二度と誘ってはくれなかった。
 いいじゃない、ちょっとぐらいコケたって、と絵津は思う。 しかし、真路と出かけるとなると、自分はコケるわけにはいかないと思った。
 連れ立って遊園地に行った男子は、目立たないフツーの女子、松山絵津と一緒だっただけだ。 だが、私は、加賀谷真路とデートするんだ。 故郷の町で、モテ度数トップワンだった男の子と。


 何度も鏡の前に立ってみて、終いに絵津は疲れてしまった。 変にそそるような格好でなければ、どんなのでもいいんじゃないか。 そう自分に言い聞かせ、空色の細かいチェックのスモックと紺色のカプリパンツにした。
 バッグはベージュ色。 真路の実家が好きな色だ。


 約束の八分前にようやく着替え終わって、絵津はそわそわしながらリップを塗り、マンションの前庭を覗いた。
 二度目で、真路が見えた。 チノパンの上に茶色のTシャツを着て、グレーのキャスケットを被っている。 真路が帽子を被るのを見たのは初めてで、新鮮だった。
 キーロックを解除しなきゃ。
 絵津がガラス戸から引っ込もうとしたそのとき、白いバンがマンションの門の前でスピードを落として停まった。
 後ろのドアが開いて、グリーンのブラウス姿の女子が、身軽に飛び降りた。







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