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表紙

火の雫  36
 それから数回メールを交わして、真路は金曜日の十一時にマンションへ迎えに来ることになった。


 木曜の午後、いつもより早めに静が出かけた。 エステサロンに行き、爪の手入れにも出向くのだという。
 預かってもらっている手前、話しておいたほうがいいと思い、絵津は翌日男の子が会いに来ると告げた。
「学校の先輩で、前は近所に住んでたんです」
 スカーフのついたサンバイザーを手に取ったところで、静は動きを止め、絵津を眺めた。
「幼なじみ?」
「はい」
「そうよね、エッちゃん高二だもん。 カレの一人や二人いるよね」
「いやー ……」
 真路はカレなんだろうか。 今いち気持ちがはっきりしなかった。 惹かれるのは確かだが、真路に会った後はいつも、心の中に小さなしこりが残る。 じかに触れるより、離れてそっと見守っていたときのほうが楽しかった。
 絵津のためらいを見透かしたように、静が言った。
「まだ、この人って決めるのは早いよ。 よーく見比べて選べば?」
「そんなにもてませんて」
「えー?」
 静は目を丸くした。 すぐに、突拍子もない笑いが、広々としたダイニングキッチンに響き渡った。
「なに謙遜してんのよー。 たしかに派手なべっぴんさんじゃないけど、エッちゃんのほうがただの美人よりずっと危険よ、私に言わせれば」
 絵津はたじろいだ。 危険といわれてしまった。 こんな美しい人に。
「そうそう、うちの息子にも頼まれてたんだ。 エッちゃんの電話番号教えてもらえないかって。 いい?」
 は?
 静そっくりの爽やかな美貌が、すぐ脳裏に浮かんだ。 ちょっと話しただけだが、大崎青年は感じがよかった。 明るく、言葉遣いが上品で……。
 気がつくと、絵津は卓上のメモ用紙に携帯番号を書いて、静に渡していた。 静も同じ花柄のメモに番号をさらさらと走り書きした。
「これが優〔すぐる〕の。 あの子レンタカー会社の社員してるの。 まだ入ったばかりのペーペーだけどね」
 その声はワントーン上がっていた。 大事な一人息子の頼みなら何だって聞いちゃう、という気持ちが見え隠れしていた。







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