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表紙

火の雫  34
 ああ、そのピンポンか……
 妙な早合点に恥ずかしくなって、絵津は顔を赤らめた。
 上気した絵津を見て、青年は慌てた様子で言葉を継いだ。
「僕もよく言い間違いとか勘違いするんだ。 えっと、僕たち大崎っていうんだけど、静さんから聞いてる?」
「いえ」
 短く答えた後、無愛想かなと思い、絵津は付け加えた。
「昨日引っ越してきたばっかりで、まだ何も知らないから」
「じゃ、信用してもらうには……」
 青年は、ジーンズの尻ポケットから携帯を出して、写真を探すと絵津に見せた。
 それは、どこか戸外のスナップだった。 サングラスを頭に載せた静を、大崎父子が囲んでいる。 三人がぴったり身を寄せ合って、笑顔で肩を組んでいるところは、どう見ても仲のよすぎる家族としか思えなかった。
「静さんのお友達ですか?」
 絵津の問いに、大崎青年はあっけらかんと答えた。
「親子」


 苗字が違う。 細川と大崎じゃないか。
 それに、お母さんと呼ばないで、静さんって言った。
 でも、いろいろ事情がありそうなのはわかった。 青年が嘘をついているとは思えないし。
 絵津が住み込むのを知っていたのは、連絡を取り合っている証拠だ。 信用してもいいだろう、と絵津は決め、ロックを解除した。


 部屋に入ると、大崎青年は冷蔵庫からビールをニ缶出してきた。 一方、父親の大崎氏は、玄関脇の物入れからゴルフのクラブセットが入ったバッグを引っ張り出した。
「やっぱりこっちに置いてたよ。 これでないとスコアが出ないんだ」
 どう見ても我が家だ。 くつろいでいる。 絵津は、自分のほうがお邪魔虫という気がして、目立たぬように後ずさりして自室へ引っ込もうとした。
 ソファに坐ろうとしていたとき、その動きに気付いた大崎青年は、中腰からまた立ち上がり、軽い足取りでやってきた。
「静さんが話し忘れたみたいだから、言っとくね。 僕は静さんの実の息子。 親父は別れた夫。 僕は、二番目の奥さんに育てられたから、そっちを母さんと呼んでて、こっちは静さん」
 なるほど。
 聞いてみれば、納得のいく関係だった。







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