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翌朝、約束の九時半きっかりに、細川宅のチャイムが鳴った。
静は自分の寝室で、昼過ぎまで寝ている。 引越し業者を案内するために、絵津が一人で降りていくと、グリーンに白い線の入った作業衣姿の業者の横に、真路がにこにこして立っていた。
「おはよう」
「おはようございます」
真路と業者が、声を揃えて挨拶した。 絵津はどちらを向いたらいいかわからず、中間地帯にペコッと頭を下げて、こっちです、と言いつつロックを解除した。
二人組の業者が手際よく運び込んだ荷物を、真路が手伝って荷解きし、絵津が場所を決めて置いた。
業者が搬入し終え、帽子を取って挨拶して帰った後も、整理は続いた。
「この箱、学用品だ」
「あ、こっち渡してくれる?」
「ほいよ」
「サンキュ」
折畳式の軽いデスクに、写真立てやペン入れを並べていると、真路が背後に来て、白の写真立てを手に取った。
「お父さん?」
「そう」
父が生きていたら、一人で放り出されることなんてなかっただろうな、と、絵津は思い、寂しくなった。
真路は考え込みながら、父が抱いているロンパース姿を指差した。
「このサルが絵津?」
「サルじゃないよー」
楽しそうに歯をむきだしている二歳の幼児は、確かにサルっぽい。 絵津は汗ばんだ髪をかきあげて、くすくす笑った。
後ろから腕が回り、絵津の胸の下でクロスした。 絵津はドキッとして、体を強ばらせた。
右耳の横に頬が押しつけられた。 いくぶんザラッとした肌ざわりだった。
「俺たちの赤んぼもこんな顔してるんかな」
赤んぼ!
絵津はもじもじし始め、膝を曲げて下から真路の腕を抜けようとした。 すると、真路も身を屈め、床に坐りこんで絵津を膝に抱えあげてしまった。
「逃がさない」
「まだ片づけ残ってるから」
絵津が小声で言うと、真路は左手を上げて絵津の顔に添え、そっと右を向かせた。
「キスしたら放す」
そして、顔を斜めにすると唇を押し当てた。
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