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表紙

火の雫  28
 静は銀色の鍵を絵津に渡し、使い方を教えてくれた。 この分譲マンションはオートロック方式で、正面玄関と個宅はその鍵で開け閉めするのだという。
「郵便ポストと宅配ボックスは、玄関を出たエントランスにあるから、鍵開けて取ってね。 そっちの暗証番号は……」
 絵津は頷きながらメモした。 松山の家は一戸建てなので、マンションに住むのは初めてだった。
「鍵忘れて出ちゃったら悲惨だから、気をつけて」
「はい」
 緊張していた絵津が、そこでようやく微笑したのを見て、静は目を大きくした。
「あれ。 笑うとなんか、雰囲気変わるね。 百合の花が開いたみたいになる。 やっぱり美人の子は美人だわ」
「やめてよ。 静さんみたいなモノホンの美人に言われると嘘っぽい」
 将美が抑揚のない声で呟いたため、座が一瞬白けた。


 四時過ぎ、大人二人は絵津を部屋に置いて、連れ立って出ていった。
 ドアまで見送った後、絵津はベランダに通じるガラス戸に歩み寄りながら、携帯を引っ張り出して開いた。
 通じたとたんに、真路の声が聞こえた。 明るく、活気にあふれた声。
「絵津?」
「そう」
「もう引越した?」
「うん。 きれいな部屋だった」
 スモークブルーの壁と白い家具で統一した七畳間を見渡して、絵津は報告した。
「ふうん。 で、場所は?」
 番地を言うと、カサカサという紙の音が返ってきた。 どうやら地図をめくっているらしかった。
「そこ、高級なんじゃね? いいとこそうだな」
「母さんの友達の家。 クラブのママしてるの」
「はあ。 明日見に行こう」
 えっ? 気持ちの整理がつかないうちに、またしても真路が直線攻撃してきた。
「何時頃が都合いい? 俺はいつでもいいけど」
「えーと、午前中は引越し荷物が届くから」
「ほんと? 手伝うよ!」
 信じられないことに、真路の声が一段とボリュームアップした。







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