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松山から目を離さずに、絵津は孫の手を両手で構えたまま、戸口に体をずらしていった。
松山が、不意に立ち上がろうとして、旅館の浴衣の裾を踏んだ。 彼が斜め前に倒れかけた瞬間、絵津は部屋から飛び出し、一目散に階段を駆け下りた。
そのまま、サンダルを突っかけて外に出た。 さっきまで残っていた夕焼けはすっかり消え、空は東から藍色に変わりはじめていた。
夕食時で何となくざわつく街を、絵津は乱れた足取りで歩いた。 松山の行動は、ただの出来心じゃない。 時限爆弾が遂に発火したのだという事実を、絵津は悟っていた。
海が見えるところまで来てから、絵津は思いついてポケットを探った。 さっき無意識にねじこんだ携帯があった。 それと、小銭入れに六百円ちょっと。 ハンカチとティッシュ。 生徒手帳。
これでは隣町にも行けない。
避難場所は、一つしか思いつかなかった。
十分後、絵津は木実のコテージで、夕食に出すフレンチサラダをボールで混ぜ合わせていた。
その晩は、夫の耕三〔こうぞう〕がタウン誌の親睦会に出かけていて留守だったため、絵津は木実と母親の奈々歌〔ななか〕に、これまで黙っていた松山の実像を、気兼ねなく打ち明けることができた。
「えー、エロ本がさりげなく通学バッグの下敷きになってたりするのー?」
いかにも嫌そうに、木実が平皿を並べながら声を立てた。
「そう。 強烈なとこ開いてあった。 うっかり置き忘れた、みたいなこと言うんだけどね」
「そんなこと絶対しないよー、うちの父ちゃんは」
きっぱり言う木実に、奈々歌が言葉を添えた。
「しばらく、うちに泊まってたら? えっちゃんは四番目の家族みたいなもんだから」
「うん! それがいいよ」
すっかり乗り気になった母子を前に、絵津は黙々とトングでレタスを盛り分けた。
少し考えてから、絵津は重い口を開いた。
「ありがとう。 今夜はお願いします。 もう少ししたら、母さんに電話かけてみる」
うつむき加減の絵津を見た後、木実は母と視線を交わした。 絵津の母の将美は、間違いなく夫の松山に惚れている。 面倒なことにならなければいいが、という不安の眼差しだった。
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