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表紙

火の雫  20
 その夕方、さっそく真路から電話がかかってきた。 器械を通して聞くと、彼の声は一段と澄んでいて、パチパチと弾けそうだった。
「絵津? 俺、真路だけど」
「あ……うん」
 一瞬、沈黙が入った。 その緊張感が怖くて、二人は同時にしゃべり出した。
「明日、うち来ない?」
「サーフィン楽しかった?」
 あ、とたじろいで、また間が空いた。
 やがて真路の低く笑う声が聞こえた。
「なんかタイミング合わないな、俺たち」
「うん」
「あのさ、うちへ遊びに来ないかなと思って」
「スキップに会いに?」
「それもあるし」
 声が明るくなめらかになった。
「ちょっと話したいことあるし」
「なに?」
「それは、来てのお楽しみ」
「いいこと?」
「たぶん」
「じゃ、行く」
「よっしゃ」
 真路は満足そうに言った。


 絵津は、定宿にしている旅館『松ヶ枝』の、海を見下ろす窓辺に立っていた。
 凪ぎの海だった。 波はほとんどなく、オレンジとクリームの混じった反射光が、水面をプリズム光線のように覆っていた。
 カチッと携帯を折って、窓枠に置こうとしたとき、背後で何かが動くのが見えた。 絵津はシャーベットブルーの携帯を握ったまま、振り向いた。
 絵津一人だった部屋に、松山が入ってくるところだった。 いつもは、ただいま、とか、帰ったよ、と声をかけるのに、その日は違っていた。 四角い顔に普段の笑みはなく、浅黒い肌がそそけ立って見えた。
 松山は、後ろ手にドアを閉めた。 カチッという音が、妙な鮮やかさで室内に響いた。
「サーフィンって言ってたよな、今?」
 口調まで変だった。 押しかぶせるような横柄な感じだ。 絵津は本能的に身構えた。
「電話、聞いてた?」
「いけないか? まだ未成年なんだ。 親の監督が必要な年だ」
「友達からかかってきたの。 それだけ」
「友達?」
 松山の唇が曲がった。
「道の真ん中でキスしてた奴が?」







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