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体の向きを元に戻すと、真路は早口になった。
「電話」
「え?」
「番号。 教えて」
互いに知らせ合ったところで、真路は車のほうへ戻ろうとした。
だが、途中で止まり、不意に駆け戻ってくると、身をかがめて、絵津にキスした。
ごく軽い、かすめるようなキス。 それでも、唇の温かさは、絵津の胸に矢のような衝撃を与えた。
ほんの一瞬のことで、すぐ目の前が明るくなり、軽い足音が走っていくのが耳に響いた。
やがて、立ちすくんでいる絵津の横を、ワゴン車が通り抜けていった。 後部の窓が開いていて、高い女の笑いと、「やだ、ぼっとしてるー」という嘲るような声が道に残った。
気を取り直すのに、しばらくかかった。 様々な売店の間を、絵津はほとんど無意識に歩いた。 緑や黄の浮き袋や子供用のフィン、シュノーケルなどが、雑多な色で並んでいる。 まるで万華鏡の中にいるようだ。
絵津の心も、万華鏡のように輝き、不安定に広がったり縮んだりしていた。
苗字が変わって、この町を去るとき、絵津は真路に知らせないで出た。 急なことで、荷造りに忙しかったし、何よりも勇気がなかった。
同じ千葉県の東京湾沿いで、距離にして四十キロほどしか離れていない。 それで、かえって言いにくかった。 会いに来てほしいと願っているようで。
でも、すぐ後悔した。 他の男の子では、真路に太刀打ちできなかったのだ。
高校に入って、一年上級の子に告白されたときは、なんとなく嬉しかった。 だが、何度か校外デートして、気心も知れた後で、けっこう美形な彼にキスされそうになったとき、絵津は反射的に顔を背けてしまった。
彼の白けた顔は、今でも忘れない。 あいつ、そそっといてキスもさせないんだ、と怒っていたと、後で聞いた。
別にそそった覚えはないが、キスぐらいどうってことないと思っていたのは記憶にある。 それなのに、現実となると駄目だった。 理由は、すぐわかった。 絵津は、真路の呪文にかけられていたのだ。
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