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表紙

火の雫  16
 翌日の午後、絵津は一人でブラッと商店街に出た。
 その足は、すぐ左に曲がって、海を目指した。 記者の米崎江美によると、ここ数日、真路は地元の友達らしい若者数人と、浜でサーフィンをやっているらしい。 その中には、たいへんスタイルのいい美人も加わっているとのことだった。
 絵津は一応クロールが泳げたが、本格的なサーフィンはしたことがない。 ボディボードなら、去年の夏鎌倉でちょっとやった。 ただし、人出が多すぎて海面が泡立っているありさまで、ちょっと進むとすぐぶつかり、鼻の頭を日焼けで剥いて帰ってきただけだった。 その程度だ。
 道々、知り合いに出くわすかと思って、少し身構えて歩いたが、誰にも会わなかった。 なじんだ町なのに、もう故里の影が薄れている。 六年という時間の流れが、実感となって胸に染みた。


 潮風フレンドロードは健在だった。 ただ、車の規制は一部解かれ、狭い岬の付け根のところに長方形の駐車場ができていた。
 その奥に、海の家に毛が生えたような食べ物屋があり、白っぽいアルミ製のテーブル・セットを五組ほど前に並べて、オープンカフェ風に海水浴客を呼んでいた。
 中央に青いパラソルを刺したテーブルのひとつに、真路が見えた。 横にトライ・フィンのショートボードを立てて、ジンジャーエールか何かの缶を左手で掴み、身を乗り出して、斜交〔はすか〕いの席の男の子と熱心に話していた。


 絵津は、頭を斜め前方に向け、視線を顔と並行に動かしながら、さりげなく一度通り過ぎた。
 テーブルとの距離は二十メートル以上離れている。 気付かれたとは思えなかった。 そのまま目についた海の家の裏手に入り込み、自動販売機でオレンジジュースを買った。
 ベンチに座って缶を持ち上げるたびに、絵津の視線は自動的に真路の方角へ動いた。
 彼は、長めの海水パンツしか身につけていなかった。 つまり、臍〔へそ〕から上は素肌だ。 細身だが、胸から腹にかけてしっかりと筋肉がつき、話の途中で腕を振るたびに、脇腹がなめらかな層になって動いた。 金茶色の皮膚はピンと張りつめていて、二十歳の若者というより、美しいオブジェのように見えた。







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