表紙目次文頭前頁次頁
表紙

火の雫  15
 ちょうど三歳離れているから、絵津が中学を出た年、真路は高校を卒業した。
 そして、すぐT大学の歯学部に入学した。 現役合格で。
 たぶん、父親の跡を継いで歯医者になるんだろう。 一番の王道だ。 加賀谷デンタルクリニックは、館山で最も定評のある歯科医院で、わざわざ電車や車で遠方からやってくる客も多かった。


 活発な足取りで、雑然とした編集部に入ってきた米崎江美〔よねざき えみ〕は、記者やアルバイトにアイスプリンの差し入れを配っている女子高生二人を見つけて、陽気な笑いを浮かべた。
「あ、来たね来たね今年も」
「こんちはー」
 短めのTシャツに飾りのないサブリナパンツ姿の絵津が、照れた微笑を返した。
 大きなバッグをデスクに載せると、江美は中からミニノートを取り出し、雑な手つきでカバーを開いて電源を入れた。
「情報仕入れといたよー。 だからちょっと待っててね。 この記事整理したら、デンタル王子がどこに出没してるかすぐ教えるから」


 デンタル王子って……。 絵津は胃のあたりがこそばゆくなった。
 アイスを配り終わって、白い紙の手提げ袋を畳みながら、紺のロングTシャツと空色のジーンズを着た木実が言った。
「こっち帰ってきてるんだ」
「そう」
 江美は画面を忙しく目で追っていたが、それでも気軽に返事した。
「夏休みの後半はずっといるらしいよ。 あんな出来のいい後継者が手に入って、ほんと理想的だね、あのクリニック」
「だって一人息子でしょ? ふつう後継ぐんじゃない?」
 木実が何気なく尋ねると、江美はキーボードを打つ手を止め、驚いた表情で少女二人を見比べた。
「あれ、知らなかった? えー誰も話さなかったの? あの子、奥さんの連れ子。 お父さんとは血縁関係なし」


 絵津は、急いで顔を伏せた。 木実が驚きを共にしようとしてこちらを向いたのはわかっていたが、目を合わせるのがためらわれた。
 なんと、加賀谷真路は絵津と同じ立場だったのだ。 想像もしていなかった。
 だからかな? もしかして、自分の母親も昔、加賀谷医師の愛人だったから、それで私に特別の親しみを見せてくれたんだろうか。
 そう気付いたとたん、胸がトクンと一拍外れで打った。
 初めて、真路がはっきりと身近に思えた。







表紙 目次前頁次頁
背景:ぐらん・ふくや・かふぇ
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送