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表紙

火の雫  14
 松山は、木更津で家具屋をやっていた。 兄が腕のいい家具職人。 松山は販売担当。 適材適所で兄弟仲はよかった。
 サラリーマンではないから、離婚後すぐ再婚しても商売に差し障りはなかった。 前妻との間に子供はなく、まあ言えば、絵津が跡継ぎのようなことになった。


 それから七年は、まあ幸せと言えただろう。 母の将美は水商売を止め、織物講習会に通い、タペストリーの研究を始めた。 家具には上掛けやクッションがつきものだ。 カーテンの出来も部屋の印象を大きく左右する。 トータルコーディネートの室内装飾店を目指す夫に、将美はファブリック関係で懸命に協力しようとしていた。


 絵津はどうだったかというと、ごく普通に木更津の中学に編入し、人並みに勉強して近くの付属高校に合格した。
 中学では、それほど注目されなかった。 しかし、高校に入って制服が変わったとたん、人が振り向くようになった。
 言うなれば、それまでは蕾だったのだろう。 それが、十五になって不意に花開いた。 共学校に行ったため、下足入れに小さなプレゼントが入っていたり、A君の友達のB君と同じクラスのC君から、好きな音楽ユニットのチケットを予約してあげるという誘いを持ってこられたりした。
 だが、絵津は特定の子とは付き合わなかった。 相変わらず物静かで当たりが柔らかいからか、謎めいた雰囲気があると言われ、誰にでも気を持たせているんじゃないかと陰口を叩かれた。


 実際は、ただ興味がなかっただけだった。 高校になると、男子の視線に陰りが出てくる。 同級生がただの友達ではなく、女に見えて仕方がなくなる。
 それは女子も同じことで、部室や中庭の奥で数人が集まると、驚くほど際どい話が飛び交った。
 絵津は、それが嫌だった。
 純情ぶっているわけではない。 ただ、ホットとかイクとか言われると、自然に気持ちが引いてしまう。 そんなの無しで付き合えないのか、手つないで歩くだけでドキドキするじゃないかと思うのだった。


 引っ越してからも、夏は五日から一週間ほど、一家はT市に戻った。 家庭的な旅館に泊まり、昼は木実と遊ぶのだ。 友との絆は、ずっと絶たれることなく続いていた。

 懐かしい町に親友が住み続けていると、得なことがもう一つあった。
 木実の義父は、コミュニティ新聞の発行をしていた。 だから、スタッフには地元民の情報に詳しい人間がいる。 そこから聞いて、夏の間に必ず二度か三度、絵津はこっそりと、真路の姿を見に行くことができた。







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