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目が合ったので、絵津はあわてて頭をピョコッと下げた。 すると、相手は微笑した。
驚いた。 真顔のときはやや神経質そうで冷たい感じがしたのに、笑うと一転して温かい表情になった。
庭から入ってくるのかな、と、絵津はちょっと思った。 だが、男はそのまま向きを変え、右手に歩いていって、すぐ姿を消した。
あれがたぶん真路のお父さんなんだろうな、と絵津は思った。 最近は、考えるときも真路を呼び捨てにしている。 さもないと、面と向かったとき敬称を使ってしまいそうだった。
やがて真路が、ジュースとサイダー、それと皿に盛りつけたマーブル模様のアイスを盆に載せて戻ってきた。 足先を洗われたらしいスキップが、歩くスリッパの前に後ろにまとわりついていた。
「はい、ジュース」
「どうも」
小声で礼を言って、絵津はベージュ色のたっぷりしたソファーに浅く腰かけた。 落ち着かない気分だった。
真路は斜め横に坐り、気持ちよさそうに泡の立つコップを一気に飲み干した。
「うーい、喉渇いた」
「お父さん、もう帰ってきてるの?」
さっきの男が何となく気になって、絵津は尋ねてみた。 真路はあっさりと頷いた。
「会った? 明日は接待ゴルフに行くから練習なんだって。 なんかお気楽、極楽って感じ」
よくわからない。 絵津はあいまいに首を動かしておいた。
おやつを食べ終わると、真路は身軽にソファーから立ち上がって、テレビに近付いた。
「DVD見る? ディズニーとかいろいろあるよ」
そして、横長のラックを丸ごと取り出し、ラウンジテーブルまで持ってくると、上に置いた。
「好きなの選んで」
ソフトな押しの強さ、というのかな。 真路のやることは、どれもきっぱりしていた。
命令するというのじゃない。 大まかな方向を決めて、その後を相手に選ばせる。 いやだと言えば、きっとあっさり引き下がって、別の方法を考え出すだろう。 彼には、扱いにくい自意識がほとんど感じられなかった。
だから、絵津は普通にラックに手を入れ、ジャケットを調べることができた。
「えーと、これ見たことない」
受け取って、真路はすぐプレーヤーのほうに引き返した。
すぐに大きな画面に、『わんわん物語』のタイトルが広がった。
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