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表紙

火の雫  11
 目が合ったので、絵津はあわてて頭をピョコッと下げた。 すると、相手は微笑した。
 驚いた。 真顔のときはやや神経質そうで冷たい感じがしたのに、笑うと一転して温かい表情になった。
 庭から入ってくるのかな、と、絵津はちょっと思った。 だが、男はそのまま向きを変え、右手に歩いていって、すぐ姿を消した。
 あれがたぶん真路のお父さんなんだろうな、と絵津は思った。 最近は、考えるときも真路を呼び捨てにしている。 さもないと、面と向かったとき敬称を使ってしまいそうだった。


 やがて真路が、ジュースとサイダー、それと皿に盛りつけたマーブル模様のアイスを盆に載せて戻ってきた。 足先を洗われたらしいスキップが、歩くスリッパの前に後ろにまとわりついていた。
「はい、ジュース」
「どうも」
 小声で礼を言って、絵津はベージュ色のたっぷりしたソファーに浅く腰かけた。 落ち着かない気分だった。
 真路は斜め横に坐り、気持ちよさそうに泡の立つコップを一気に飲み干した。
「うーい、喉渇いた」
「お父さん、もう帰ってきてるの?」
 さっきの男が何となく気になって、絵津は尋ねてみた。 真路はあっさりと頷いた。
「会った? 明日は接待ゴルフに行くから練習なんだって。 なんかお気楽、極楽って感じ」
 よくわからない。 絵津はあいまいに首を動かしておいた。


 おやつを食べ終わると、真路は身軽にソファーから立ち上がって、テレビに近付いた。
「DVD見る? ディズニーとかいろいろあるよ」
 そして、横長のラックを丸ごと取り出し、ラウンジテーブルまで持ってくると、上に置いた。
「好きなの選んで」


 ソフトな押しの強さ、というのかな。 真路のやることは、どれもきっぱりしていた。
 命令するというのじゃない。 大まかな方向を決めて、その後を相手に選ばせる。 いやだと言えば、きっとあっさり引き下がって、別の方法を考え出すだろう。 彼には、扱いにくい自意識がほとんど感じられなかった。
 だから、絵津は普通にラックに手を入れ、ジャケットを調べることができた。
「えーと、これ見たことない」
 受け取って、真路はすぐプレーヤーのほうに引き返した。
 すぐに大きな画面に、『わんわん物語』のタイトルが広がった。






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