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表紙

火の雫  10
 期待は裏切られなかった。
 黒御影を波型に敷き詰めたエントランスに一段上がって、真路がベージュの立派な引き戸をなめらかに開くと、中からモカ・コーヒー色の毛糸の塊に似た姿が飛び出してきて、二人の足元を跳ね回った。
 絵津は目を輝かせ、しゃがみこんで綺麗にカットされたトイプードルの背中を撫でた。
「なんて名前?」
「スキップ。 ちっともじっとしてないから」
「いい子だね。 スキップ、こっちこっち、おいでスキップ。 あ、眼がちっちゃなボタンみたい」
 はしゃぐ犬と追いかけっこを始めた絵津を、真路は満足そうに見守った。


 やがて真路がスキップを抱き上げ、二人は玄関から中に入った。 扉を閉じると、すぐに乾いた冷たい空気が体を包み、汗が引いていくのを感じた。 どうやら家中くまなく冷房しているらしい。
 扉の色に合わせた本革のスリッパを、絵津は遠慮しいしい履いた。 それはフカフカで大きく、足裏をそっと保護する心地よさがあった。
「ここにいて。 なんか冷たいもの持ってくる。 えっと、アイスコーヒー、コーク、ジュース、サイダーどれがいい?」
「ジュースかな」
「おし」
 絵津を広く明るい部屋に押し入れた後、パタパタと足音を響かせて、真路は廊下を遠ざかっていった。


 そこは、リビングとラウンジを兼ねた感じの長方形の部屋だった。 白っぽい床は、よく見るとやすりで一方向に磨いたような細かい縞目が立ち、すべり止めになっていた。
 子供が見てもわかる高価な収納家具が、壁際に並んでいる。 棚の真ん中にワイドな大型テレビが収まっていて、鏡のような黒い画面に、丸テーブルの上にこんもりと活けた西洋アジサイと鉄砲百合の盛り花が、くっきりと映っていた。
 真路の親はベージュ色が好きらしい。 ソファーと椅子も扉と同じ色で統一してあって、カーテンは白とベージュの混じった複雑な模様だった。
 巨大な一枚ガラスの戸から、芝生の庭が見えた。 絵津がテーブルに置かれた写真雑誌をめくろうとしたとき、ガラス戸の向こうに人影がちらついて、反射的に視線を向けた。
 中年の男が、立って室内の絵津に目をやっていた。 手にゴルフクラブのパターを握っている。 眼鏡をかけた細面の顔は、あまり真路には似ていなかった。






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