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表紙

火の雫  6
 もろナンパだ。 おまけに平日の午後にサーフィン中。 学生か自由業かもしれないが、絵津には女好きの遊び人に見えた。
 そこで、絵津も無邪気を装って応じた。
「ううん。 お父さんといっしょ」
「ふうん」
 中学生ぐらいまでだと、この手が一番効く。 サーファーはすぐ納得して、チラッと笑みを残すと、さっさと行ってしまった。


 お父さんか……。 絵津が四歳のときに、父の昭洋〔あきひろ〕は車の事故で、あっさり死んでしまった。 また二十九の若さだった。 かわいがってくれたらしいが、ほとんど記憶にない。 残った写真を見ても、ピンと来なかった。
 三段アイスを買って、かじりながら岬の方へ歩いた。 細長く港に張り出した岬には、松や橡〔くぬぎ〕の木がところどころに茂っていて涼しく、夏にはいい散歩道だった。
 青や緑のボックスに坐って釣りをしている人たちの後ろを通り過ぎた辺りで、絵津の足が不意に止まった。
 岬の突先〔とっさき〕に、真路がいた。


 そこには小さな花壇と、その花壇を挟むように二つのベンチがあった。 確か、岬を縦断する道には『潮風フレンドロード』とかいう観光向きの名前がついていて、車が入れないので、ちょっとしたデートコースになっていた。
 道の突き当たり、花壇のすぐ前に、真路と女の子が立っていた。 どちらもうつむき加減で、微妙な距離感がある。 近付いちゃマズイんじゃないかと気付いた絵津は、そっと向きを変えて引き返そうとした。
 そのとき、大きな声が耳に飛び込んできた。
「待てよ!」
 また絵津の足がギクッと止まった。
 肩越しに振り向くと、確かに真路がこっちを見ていた。 そして、小走りに歩いてきながら、とんでもないことを言った。
「勘違いすんなよ。 あの子とは何でもないって。 だから怒るなよ」


 はあ?
 絵津は、たじたじと後ろに下がった。
「勘違いなんか、してないし……」
 横にいた女の子の顔が、激しく歪んだ。 いきなり走り出し、やみくもにぶつかってきたため、絵津はあおりをくらって半回転してしまった。
 女の子は『潮風フレンドロード』を爆走していった。 口を半分開けたまま、絵津が肘をさすっていると、真路があっけらかんと言った。
「助かったー。 手紙渡されて、付き合ってくださいって告られてさ。 本命がいるっていくら言っても信じてくんなくて。
 おまえ、ほんとにいいとこ来たよ」
 なにバカなことを!
 だが、そう言われてみれば、様子を窺いに岬の端までわざわざやって来たように見えないこともない。 絵津は頭に血が上った。
「違うんだからね。 加賀谷先輩がここにいるなんて、私ぜんぜん知らなかったんだから」
「なんだよ加賀谷先輩って」
 真路は妙なところにツッコミを入れた。
「真路だろ? 言ってみな、シンジって」






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