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表紙

火の雫  5
 思いがけない所有宣言を聞いた後も、絵津の人生が劇的に変わったなんてことはなかった。
 真路は、あいかわらずマブダチ二人と自転車でつるんでいた。 接着剤でくっつけたみたいに二人が離れないので、真路もめったに一人で行動できない。 年が変わって最上級生になってからは、受験勉強が忙しくなって、(やはり三人で)塾へ飛ばしていく姿ばかりが目についた。


 その頃、絵津にも親友ができた。 群馬から転校してきた里内木実〔さとうち このみ〕だ。 彼女はヌッと背が高く、大声で笑う豪快な子だった。 そして、絵津と同じく、父親を早くに失っていた。
 ただ、木実は、母親の異性関係を前向きに捉えていた。 実際、木実の母は転勤する恋人を追いかけて、千葉に移ってきたのだ。
「いいじゃない。 親だってレンアイする権利ぐらいあるよ」
「まあ、そうだけど」
 週一ぐらい家に引き入れて、代わりに生活費を補助してもらうのを、恋愛と言うのだろうか。 絵津には大いに疑わしかった。
 でも、木実は一緒にいて楽しい子だったし、母親の奈々歌〔ななか〕も陽気でくったくのない人柄で、恋人と借りたバンガロー風の家に絵津が毎日のように入り浸っても、全然気にしなかった。
 こうして、絵津は松山が訪れた日の居場所を見つけた。 そのため、午後にほっつき歩く機会が減り、ますます真路と顔を合わせなくなった。


 風の噂で、真路が館山の一流高校に受かったのを聞いた。 絵津のほうは、ふつうに学区内の中学に入り、大きめの制服をあつらえて、木実と共に通った。
 そんな中学一年の夏休み。 七月の末だったが、絵津は久しぶりに一人で、渚を歩いていた。
 木実は前日から、母と恋人と三人連れで、恋人の故郷へ出向いていた。 長い同棲生活を経て、どうやら結婚の意志が固まったらしい。 コブつきのカノジョを親に紹介するための、三泊四日の旅だった。
 それで、久しぶりに絵津は行き所を失った。 母の将美と松山の仲は、未だにつかず離れず続いている。 前より間隔が不定期になったものの、松山は思い出したように通ってきた。
 チェックのパンツに白いレイヤードTシャツという姿で、肩まで伸びたストレートヘアーを風になびかせながら、絵津はサンダルを砂に食い込ませて歩いた。 大人びて見えたのか、赤とグレーのサーフボードを抱えたウェットスーツの若者に、すれ違いざま声をかけられた。
「かーわいいねー。 ひとり?」






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