表紙
春風とバイオリン

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 当時の東北新幹線は、二年前に大宮から都心へ繋がったばかりで、発車駅は上野だった。
 暁斗が染小路家まで迎えに来て、二人は粕谷の運転する車で駅に向かった。
 広い車内だが、恋人同士はぴたりとくっつき合って、『森のページェント』のパンフレットやホテルの案内図を楽しげにめくって調べていた。
「会場は郊外なんだけど、泊まるのは仙台市内。 タクシーを使えばすぐ行けるから」
「仙台は初めて。 きれいな町なんですってね。 楽しみだわ」
「行きたいところ、パンフレットに印つけておいて。 打ち合わせが終わったら、ゆっくり回ろう」
「はい。 あなたもつけてね?」
「うん、君の後でね」
 粕谷は、ちらっとミラーに目をやった。 以前は、車の中でベタベタしていると咳払いして睨んだものだが、最近は好きにやらせていた。 二人は大して過激なことをせず、見ていて微笑ましいぐらいたったからだ。
 気がつくと、いつの間にか暁斗が背後からまき子を抱えこんで、ぬいぐるみみたいに膝に乗せていた。 そして、きゃしゃな肩に顎を置き、指であちこち地図を指しながら、それとなく耳にキスしたりしていた。
 その度に、まき子の色白な顔に微笑みが揺れた。 伏せられた睫毛の下に半ば隠れた丸い瞳が、活き活きと躍った。
 このデカいバックミラーは便利だな、と考えながら、粕谷は二人の様子をちらちらと目で追った。 もちろん前方不注意にならない程度にだ。 落ち着いてハンドルを切りつつ、粕谷は思った。
――これが自然なんだよな。 好きな相手ならくっついていたい、触ってお互いを確かめたいと思うもんだよな。
 やっぱり蛯原の博史さんとは、赤い糸で結ばれてなかったわけだ。 こんなホンワカしたムード、一度もなかったもんな――
 交差点で赤信号になった。 隣りに、光る紫色のオープンカーが止まった。 遠慮なくジロジロ観察する粕谷の背後で、暁斗が素早くまき子の口にキスを贈った。




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