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それからは、毎日の色彩が変わった。
以前は、空を見ても、ただの青や灰色にしか思えなかったが、今では光のヴェールがにじんで、すべてが淡く輝いて見えた。
まき子は、真面目なOLをやめてしまった。 仕事はきちんと区切りよくやるが、居残りはしない。 定時になると、素早くバッグを取ってロッカーに急ぎ、軽い足取りでエレベーターに乗った。
正面の階段を下りると、晴れた日には、プラタナスの並木に囲まれた石のベンチから、雨が降っていれば、通りを渡ったところにあるカフェの店先から、暁斗が立ち上がる。 そして、足がもつれそうになるほど身を寄せ合って、裏手の公園へと足を運ぶのだった。
そこには常に、黒塗りのリムジンが、でんと駐車していた。 運転席にはいつも通り、粕谷が坐っている。 一ヶ月ほど前、新しいモデルガンの雑誌が刊行されたので、待ち時間もご機嫌で読みふけっていた。
粕谷の護衛付きではあったが、二人はどこでも行くことができた。 車内は粕谷の『王国』だから、べったりくっつくことは許されなかったが、車を一歩出れば、手を繋ごうが抱き合おうがお咎めなしだった。
粕谷は複雑な性格ではない。 それに、雇い主の和麿に心酔していた。 だから、和麿が許した相手なら、たとえヘナチョコの音楽屋でも、まき子の恋人と認めたのだった。 そういう点で、粕谷はなかなか男らしかった。
「七時から神田でセッション……間に合うかしら」
「昨夜とことん弾き合わせしといたから大丈夫」
「勇気くんも面白いことを考えるのね。 童謡をジャズに編曲して合奏なんて」
「童謡はすたれたって言う奴が多いけど、小学校の下校時間の合図とか、交差点の曲なんかでよく使われてて、自然に耳に入ってるんだよね。 だから、勇気がアレンジした曲を弾くと、あら、クール! なんて言われてるよ」
勇気くんとは、コンクールで暁斗の伴奏をやってくれたピアニストの高山勇気だった。 暁斗とは対照的に、物静かでどこかとぼけていて面白く、まき子ともすぐに打ち解けた。
どうもまき子は、同年代から下の男の子に受けがいいようだった。
ジャズ喫茶で行なわれたセッションは、客が乗りに乗って大成功した。 予定より四十分も伸びて、ようやく公演が終わった後、舞台の上ではバドワイザーが何缶も抜かれ、ハイタッチの嵐になった。
他にドラムとベースも参加していたが、細い顎鬚を生やしたそのドラマーが、ドドドーンと太鼓で注意を引いて、高山にウィンクした。
それっとばかり、高山がさらさらと弾きながら歌い始めた。
「ボクのかわいいミヨちゃんは〜色が白くて小ちゃくて〜♪」
「前髪垂らしたカワイイ子〜 あの子はOL二年生〜♪」
ドリ○の替え歌だった。 テレビを見ないまき子がきょとんとしていると、ベースの呉島という子が、笑いながら楽器を置いて迎えに来た。
「ようこそ我等の仲間へ! 『氷山』と呼ばれ続けた田中暁斗の征服、おめでとうございます!」
ピアノ斜め後ろのの丸椅子に座って、楽しく聞きほれていたまき子は、驚いて目を丸くした。
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