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きゃしゃに見えるが、暁斗の胸は意外に広かった。 細くて小柄なまき子をすっぽり包み込んでしまうぐらい、大きかった。
目を閉じると、彼の匂いがした。 五月の芝生のような、青くて、ちょっぴり埃っぽくて、気持ちのいい匂い……
まき子の頭にギュッと頬ずりして、暁斗が低く尋ねた。
「俺のどこがよかったの? ていうより、ほんとに俺でいいの?」
「いいの、あなたが」
静まり返った部屋に、まき子の声が甘く延びた。 その答えを聞いて、暁斗はだだっ子のように、両腕でまき子を軽く揺すった。
「かわいげないって、いつも母ちゃん……母さんに言われてるよ」
目を閉じたまま、まき子は微笑した。
「母ちゃんと呼んでいるのね」
「たまに。 ふつうは何も呼ばない。 ねえ、とか、あのさ〜とか」
「うちの母は、私が十五の時に亡くなったの。 お母様がご健在で、うらやましい」
「うらやましがられるような母ちゃんじゃないよ。 いつも明るくしてて、うるさく言わないのはいいけど」
そう言うなり、暁斗は身をかがめてまき子の額にキスした。 それから頬に、続いて唇に。
顔が離れたとき、まき子がきょとんとした表情だったので、暁斗は驚いた。
「どうしたの?」
「え?」
あっけに取られたような顔のまま、まき子はとても素直に答えた。
「キスってこんなに、楽しいものだったのね」
暁斗は、口を開けて恋人を見つめ、また閉じた。
そして、プッと吹き出した。
「キスが嫌いだった?」
「そうね……なんとなく義務感で。 でも、何も感じなかった。 だから、本や映画は大げさなのだと思っていたのよ、ずっと」
「義務感って……」
暁斗は言葉を途中で切った。 それから、まき子の頭を抱えこむようにして、激しいキスの雨を降らせた。
「わかってなかったんじゃないか。 女心をよく知ってるようなこと言って、あいつ何にもわかってないんだ」
怒ったようなキスなのに、肝心なところで優しかった。 初め、まき子は新しい感動を味わっていたが、間もなく考える力がなくなった。 ただ、無性にわくわくした、心が踊りだすような気分だった。
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