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博史は、素早く情況を判断した。 当惑したように手をだらんと下ろすと、声のトーンを変えて、まき子に訴えかけた。
「確かに、親しくなりすぎたかもしれない。 一度か二度、部屋に行った。 酔っていたんだ。 酒の上のあやまちなんだよ。 男にはありがちなことだ。 そんなに厳しくしないでくれよ」
まき子は静かに席を立った。 同時に、暁斗も立ち上がり、ソファーを離れて、デスクの横に場所を取った。 それは、博史とまき子のちょうど中間ぐらいの位置で、揉めたらすぐ割り込めるところだった。
「さっきは濡れ衣だと言い、いまはあやまちと言うのね。 どちらを信じていいかわからないわ」
「だから、すまなかった!」
博史は吠えた。
「出来心だったんだ。 本気じゃない。 もう別れたんだから、それでいいじゃないか!」
「博史さんはその方を好きだった。 一緒にいて楽しかったのでしょう?」
責める口調ではなかったのにもかかわらず、博史は頭に血が上った。
「もう縁は切れたんだ! いつまでもごちゃごちゃ言わないでくれ! あんな色気だけの女、まともに相手にするわけないだろう? 僕を安く見ないでくれよ!」
皮肉にも、この言葉が決定打となった。 初めて、まき子の眼に怒りの炎がひらめいた。
「この女、あの女と使い分けするんですね! では伺うわ。 私はあなたにとって何の女?」」
博史は瞬きした。 水を浴びせられたような表情になり、口をつぐんだ。
まき子は、一歩前に出て、婚約指輪を薬指から抜いた。 抜きながら、きっぱりと言った。
「女だって、パーティーならワイン通のこの人、遊園地なら情報通のこの人、昼はハンサムで見栄えのする彼、夜は徹底的に尽くしてくれる彼、そんな軍団を従える夢を、一度は見るわ。
でも、夢だから楽しいの。 人は便利な道具じゃない。 私は道具として扱われたくないから、今日ここで、お別れします」
博史は、ゆっくりと手を後ろに回して組んでしまった。 絶対に指輪を受け取りたくないという意思表示だった。
二人の視線に火花が散った。 瞬きせずに見つめ返したまま、まき子はテーブルの上に指輪を置いた。 カチッという小さな音が、静まり返った部屋に響いた。
和麿がゆっくり進み出て、娘の肩に手を置いた。 そして、そのままくるっと半回転させ、前に離れて立つ二人の青年を交互に眺めた。
「質問をしよう。 まず博史くんからだ。 まき子の顔には小さなほくろが一つだけあるんだが、どこかね?」
「何言ってるんですか、小父様。 こんなときに」
博史の頬にピリッと引きつれが走った。
「こんなときだからこそ訊いているんだ。 答えられんのかね?」
いまいましそうに、博史は目を天井に向けた。
「右の頬ですよ」
すぐに和麿は、暁斗を促した。
「君にも同じ質問だ。 どこだね?」
博史が部屋に入ってきてからそれまで、まったく無言を通していた暁斗だったが、和麿の問いに確信を持って答えた。
「左の頬です」
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