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博史は、ゆっくりと体の向きを変えた。 少し角度をつけて、暁斗と正面から向き合う態勢を取った。
「世の中には釣合いというものがある」
無理に押えた太い声だった。
「バイオリンが弾けるだけの小僧っ子に、伝統と格式のある染小路家の婿が務まるか?」
「できると思うよ、わたしは」
ハイフェッツの復刻版を手に、和麿が振り返って、さらっと言った。 博史の眦〔まなじり〕が吊りあがった。
「和麿小父様!」
「田中君には素直さがある。 向上心と理解力も」
「そう振舞っているだけですよ! ネコかぶっているんだ!」
「本心を見せていないということかね? それは君のほうじゃないのか?」
和麿の語調が鋭く変わった。 そして、ジャケットの内懐に入れていた例の手紙を、義理の息子になるはずだった男の目前に突き出した。
博史は、受け取ってすぐ中身を広げた。 素早く目を通すと、いきなり引き裂いた。
「こんなのでっちあげです。 ライバルの誰かが僕を陥れようとして作ったんですよ。 小父様もまきさんも、こんな幼稚な手紙を信じるんですか? ばかばかしい!」
まき子は、重い眼差しで博史の表情をしかと確かめた。 見たくないものを見てしまった、という不快な苦さが、口の中に残った。
「驚かないんですね」
一瞬、虚をつかれた表情が、博史の横顔をかすめた。
「えっ?」
「予想していたか、または、送られたことを知っていた。 そうなんでしょう?」
博史は、笑おうとした。
「なぜそんな深読みを? 秋山くんは確かに研究室の手伝いをしてくれてるが、それだけだ。 これは、僕の幸運をねたんだ男の同僚が……」
「たぶん違います」
まき子は粘着する博史に哀しみを感じはじめていた。
「その中にある『原』と『秋』の活字には、見覚えのある花模様がついています。 たしか、『マグノリア』という若い女性用のモード雑誌が使っている飾り文字です。 ふつう男性は、あの雑誌は買いません」
「その秋山奈穂子さん本人か、友達が切り抜いたということだろうか」
和麿が後を引き継いだ。
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