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このまま続けると売り言葉に買い言葉となって、この前と同じ険悪な情況におちいる。 せっかく成功の階段を上りはじめた暁斗にもよくない。 まき子はできるだけ冷静に、博史の注意を引いた。
「来年には教授選があるのでしょう? 身辺の揉め事は不利になるわ。 博史さんはお付き合いが広いし、私よりふさわしい方がきっといらっしゃると思います」
「それって、婚約破棄と決めている言い方じゃないか!」
ますます怒りがつのってきたようだ。 博史の声が荒くなった。
「これからお宅へ伺う。 逃げないでくれよ!」
有無を言わさぬ口調で告げると、博史は先に電話を切った。
もやもやした気持ちで、まき子は小鳥の間に引き返した。
ドアを開くと、とたんに美しい調べが流れ出してきた。 ヘンデルの『水上の音楽』だ。 暁斗はソファーに和麿と並んで座り、くつろいだ様子でレコードを鑑賞していた。
戻ってきたまき子の疲れた顔を見て、和麿はさりげなく手招きした。
「こっちへ来なさい。 アルノンクールの名演奏で気持ちが落ち着くよ」
暁斗が横にずれて、まき子は二人の真ん中に座ることになった。 そのポジションは、本当に気持ちがゆったりした。 両側を大好きな男性に守られているという、なんともいえない安心感があった。
父の真似をして、まき子は背もたれに頭をゆだね、眼を閉じた。 このままソファーがリムジンか小型飛行機に変身して、三人を世界の裏側まで運んでくれればいいのに、と思った。
胸を押えていたまき子の手が膝に落ちるのを見はからって、和麿が低い声で尋ねた。
「博史くんは何と?」
「すぐここへ来ると」
「そうだろうな」
苦笑の影が、和麿の頬に刻まれた。
「ようやく皆が本音を言う場所が与えられたわけだ。 覚悟はいいかね、君たち?」
華やかな余韻を引いて、楽曲が終わった。 暁斗がしっかりとした態度で答えるのを、まき子は夢の中のような気持ちで聞いた。
「はい。 僕は負けません!」
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