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「お父様、電話をかけに行っていいですか?」
平静な声で発せられたまき子の問いに、和麿はやや驚いた面持ちで片眉を上げた。
「直接本人に問いただすのかね?」
「いえ、こちらの事情だけお話します」
まき子はあくまでも静かだった。
広い家の中には、いくつも電話がある。 暁斗を小鳥の間に残して、まき子は第二応接間に向かった。
『こでまり』にかけると、店長が取り次いでくれた。 博史はすぐ電話に出た。
「まきさん? どうしたの。 来られない用事ができた?」
「そうなの、ごめんなさい」
「今どこ?」
言っていいものだろうか。 まき子がためらっていたとき、部屋に備え付けの大時計が、一時半の時報をボーンと大きく鳴らした。
染小路家に始終出入りしている博史には、その音ですぐピンと来たらしかった。
「君のうちだね。 家に帰ってたのか」
「ええ。 急用ができて」
博史は一拍、間を置いた。
「どんな? 僕には訊く権利があるよね」
「そうね」
まき子は穏やかに答えた。
「今日のお昼、プロポーズされたの」
今度の間合いは、さっきよりずっと長かった。
それから、低く噴き出す声が聞こえた。
「プロポーズって……君は僕の婚約者だろう?」
「ええ、そうね。 でも、長い一生を決めることだから、お父様とも相談して……」
「もう和麿おじさまに話したのか?」
急に博史の声が尖った。
「何やってるんだ! 僕は権利を主張するよ。 正式な婚約は神聖なものだ。 そのときの気分で簡単に左右されるような軽いものじゃないんだ!」
「気分ではないの」
しっかりと、まき子は言い返した。
「気持ちの結びつきなの。 相性と言い換えてもいい。 一緒にいると落ち着ける人なの」
「認めないよ」
博史はせせら笑った。
「あんな財産狙いのチンピラなんか」
明らかに彼は、誰がまき子に申し込んだのか、聞かなくても正確にわかっていた。
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