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まき子は何も言葉にせずに、挨拶も差出人の名前もない手紙を暁斗に返した。 首筋に妙なしびれが走ったが、不思議なほど驚きはなかった。
「ほんとに僕じゃないです」
糊のせいでぶよぶよになった紙を机に置きながら、暁斗は必死に言った。
和麿は、手紙を汚らわしそうに横目で見て、低く告げた。
「朝届いたので、粕谷に調べに行かせた。 秋山なお子という学生は確かにいるそうだ。 菜の花の菜と、稲穂の穂で、菜穂子と書くようだが」
切り抜きに使った雑誌や新聞に、その漢字が見つからなかったのだろう。 蛯原の蛯という字も。 鋏を片手に必死でページをめくって探している密告者の姿を想像して、まき子は暗い気持ちになった。
「二人の仲は、公然の秘密らしい。 その女子学生は、身分不相応なブランド物のバッグやコートを、見せびらかすように着てくるそうだ」
そこで和麿は、厳しい目を暁斗に浴びせた。
「君も大学に行って、博史くんの素行を調べたのか?」
暁斗は唇を噛みしめて、ぶんぶんと頭を振った。
「違います! 母がその大学へ保険の外交に行ったとき、噂を聞いてきたんです。 それで……」
「それで、まき子に話そうとした?」
「……ええ」
暁斗の視線が揺れた。
「ても、言い出せなかったんです。 陰で足引っ張って自分を売り込むようで、なんか嫌で」
「いい心がけだ」
かすかに皮肉の篭った口調で、和麿は返した。
「これが君ではないとすると、他の敵だね。 博史くんの大学でのライバルか、または秋山菜穂子本人か」
まき子は相変わらず無言だったが、気持ちの中では一つの決着がつきかけていた。
首をめぐらせて大きな掛け時計を見ると、時間は一時二十二分になるところだった。
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