表紙
春風とバイオリン

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 それなら粕谷を呼んでリムジンに乗るか、電車で行ったほうが……そう言おうとしたとき、暁斗は最後の角を曲がった。
 そこは有刺鉄線で囲った小さな空き地で、奥にプレハブっぽい建物があった。
「友達の修理工場。 バイク改造したり、車をシャコタンにしたりしてるんだ」
 バイクの改造はわかるが、はて、シャコタンとは? 食べ物のシャコしか思い当たらないまき子が首をひねっている間に、暁斗は横にある屋根の下から、黒光りするバイクを引き出してきて、まき子にヘルメットを渡した。
「被って」

 おお! まき子の眼が輝いた。 子供のころ見た青春映画に、恋人を胴につかまらせてさっそうと走るバイクのシーンがあったのだ。
――あれは確かイタリア映画……いや、フランスだったかしら――
 粕谷に知れたらただではすまないだろうが、バイクの二人乗り、やってみたかった!


 顔に直接風が吹き付けるのは、奇妙な感じだった。 でも、曲がるときに体を少し倒すのはすぐ覚えたし、遊園地みたいで面白かった。
 信号で止まったとき、暁斗が首を回して尋ねた。
「怖くない?」
 シートにポンポン飛び跳ねたい気分でいたまき子は、陽気に答えた。
「全然!」
「よし。 ここから近道するからね」
 そう言うと、信号が青に変わったとたん、暁斗は広い道を巧みに突っ切って曲がり、脇道に入った。 耳に当たる風の音を聞きながら、まき子は暁斗の体に腕を回し、安心しきって身をゆだねていた。
 もう、道を通る人から自分がどう見えるか、なんて、まったく考えなかった。


 やがて気がつくと、すでに見慣れた街筋を走っていた。 間もなく家だ。 物足りないぐらい、短い時間で着いてしまった。
 門の前でまき子を下ろすと、暁斗はヘルメットを被ったままベルを押した。 まだ画像つきのインターフォンではなかったので、家政婦の声がのんびりと響いた。
「はい、どなた様でしょうか?」
「田中暁斗です。 まき子さんと一緒に来ました」
 暁斗の声は、凛としていた。
 





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