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暁斗は、テーブルに右手を上げた。 腕をゆっくり前に伸ばし、まき子の視野の真ん中に、その手を置いた。
指が長かった。 関節がくっきりしているが柔らかそうで、薄く血管が浮き出ていた。
まき子の唇が、ピクッと震えた。 人生の分かれ道が、今、目の前にあるのだと思った。
「上に手を載せて。 俺を嫌いでないなら」
周りはいろんな音に包まれていた。 表通りを走りすぎる車。 店内のざわめき。 時おり響く楽しげな笑い声。
だがまき子は、外界から遮断され、音の消えた空間で、ひたすら暁斗の手を見つめていた。 まるで魔法にかかったように。
長い指が、わずかに動いた。
「行こう。 俺と」
行く。 ふたりで行ってしまう。 一時半からの約束をすっぽかして、喫茶店『こでまり』に駆けつけることなく……!
その瞬間、体が動いた。 まき子の手は、理性の壁を飛び越えて、ひとりでに暁斗の手に重なった。
小さな手は、すぐに暁斗の両手に挟みこまれ、まったく見えなくなった。 暁斗は、短く息をつきながら椅子を後ろへ追いやった。
「こっち」
引っ張られるままに、まき子は歩き出した。 初めて会ったときと同じだった。 あのときも、こうやって先を考える間もなく、ディスコ・ルームに引き入れられた。
これからどこへ行くのだろう。 何が待っているのか。 わからないのに、なぜか気持ちに翳りはなく、胸が活き活きとときめいていた。
手をしっかり繋いだまま、ふたりは狭い路地に入り込み、しばらく歩いた。 繁華街の真ん中だが、ビルの裏や長い塀の途切れるところに、ぽつぽつと普通の民家やアパートの姿もあった。
はじめ、暁斗は早足だった。 だが間もなく、まき子が追いつくのに苦労していることに気付いて、足を緩めた。
「ごめん、急ぎすぎた」
「どこへ行くの?」
やっと訊くことができた。 暁斗はくっきりした眼に深い想いを込めて、小柄な恋人を見返した。
「まき子さんのお父さんのところ」
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