表紙
春風とバイオリン

 39


 博史が黙っている間に、まき子は素早く言葉を継いだ。
「あいにくだけれど、今日のお昼は先約があるの」
 苛立った風に、博史は電話の向こうで溜め息をついた。
「なあ君、ちょっと気を悪くしたからって、ない約束まででっちあげないでくれよ。 僕だってわざわざ休講にして出てきたわけだし」
「そういうことは前もって言っていただかないと。 先約は本当で、外すわけにはいかないの」
「じゃ、昼休みが終わった頃に迎えに行くよ。 それならいいだろう?」
 敵もなかなかしぶとかった。 今度はまき子が溜め息をつきたくなったが我慢して、穏やかに答えた。
「では『こでまり』で一時半に」
「こでまりだね? わかった」
 ほっとした様子で、博史はようやく電話を切った。


「一時半って? 私用ならちゃんと許可取っていってよ」
 石山が尋ねた。 まき子は渋い笑顔を返して、やむなく説明した。
「今日は早退させてもらうわ」
「えー」
 石山の口がへの字になった。
「そういうのこそ先に言ってよ。 在庫整理の書類がこんなに……」
「石山くん」
 課長がデスクから立ち上がって呼びかけた。
「これコピー頼む」
「はーい」
 ドサドサと足音を立てて、石山は回れ右した。


 頼んだ通り、暁斗はブロックの角を曲がったところで待っていた。 今日は短めのGジャンに白いTシャツだ。 頭に上げたサングラスがさりげなく決まっていた。
 若いなあ――まき子はふと、気後れを感じた。 ごく普通の肩パット入りスーツと四角いバッグで装った自分は、この若者と並ぶとどういう関係に見えるだろう。
 姉? それとも、ヤングマン好きのハイミス?





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