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「はい、私ですが」
なんで今日に限って二人とも会社にかけてくるんだろう。 仕事場にはできるだけ電話しないでくれと、特に博史には口に出して頼んであるのに。
まき子はやや他人行儀な声で返事をしたが、博史は彼女の声音なんて気にしていなかった。 パサパサと紙をめくる音を背景に、博史は早口で予定を述べた。
「ああ、まきさんね。 ええと、『カズンズ』でランチを取って、それから引き出物を選びに行こう。 銀座を回れば何とかなるかな。 京都まで足を伸ばしてもいいけど」
何言ってるの、この人?――まき子は呆れて、冷たさを増した口調で返事をした。
「今は仕事中で……」
「午後は休みにしてもらったよ」
はあ? 事情がわからず、まき子は電話口で固まった。
博史はどんどん言葉を進めていた。
「大学の先輩がそこの部長さんと知り合いでね、電話して事情を説明したら、どうぞどうぞってことで。 いつでも休めるんだね。 やっぱり大したことしてないから」
「待って」
怒りを押えた低い声で、まき子は確かめた。
「事情って、私達のお約束のこと?」
「もちろんさ。 君、結婚のことまだ話してなかったんだね。 脇山部長さん、驚いていたよ」
まき子は、坐っていた椅子からゆっくりと立ち上がった。 表情は変えないが、眼の奥に剣の冷たいきらめきが宿った。
「話す時期は私に任せるはずだったでしょう?」
「そうだったっけ? まあいいじゃないか。 どうせすぐに辞めるんだから」
「あなたはこの午後お暇なの?」
博史はいくらかひるんだ。
「いや……講義があったがキャンセルしたんだ」
まき子の顎が上がった。
「それでも構わないの? 大したことしてらっしゃらないのね」
電話の向こうは沈黙した。 日頃物静かなまき子から、まさかこんな鋭い皮肉が飛ぶとは、予想していなかったようだった。
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