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「染小路さん、二番に男の人から電話!」
石山に面倒くさそうに呼ばれて、まき子は何気なく受話器を取った。
「はい、大岩商事の染小路でございます」
「あ、やっぱり」
自分からかけておいて、この奇妙な反応は……まき子が戸惑っていると、男はすぐに続けた。
「田中です。 バイオリン借りてる」
「あら、こんにちは」
ドキッとした。 彼の声が、電話を通すとすごく新鮮に感じられ、まき子はそんな自分に驚いた。
こんにちはって……我ながら当たり前すぎると思ったが、そんな平凡な挨拶しか、今のまき子からは出てこなかった。 会社にいるときは単調な事務仕事ばかりなので、脳みそが灰色になっている。 そこへふと非日常が入り込んできても、とっさにうまく反応できないのだった。
暁斗は低く咳払いした。
「あの、昼飯一緒に食べてくれませんか?」
ど真ん中ストレート。 前置きも何にもなく、直球勝負の訊き方だった。
クリップで留めた伝票をめくりながら、石山が聞き耳を立てている。 心なしか、オフィスの誰もが口数を少なくして、まき子の反応を待っている雰囲気だった。
確かに、これまで若い男性から電話なんてほとんど来なかった。 そして、OLの一番の関心事はオトコなのだ。 若いサラリーマンの飲み屋での話題が、上司の悪口&女の子の品定めなのと同じことだ。
できるだけ無関心な口調で、まき子は答えた。
「そうですね。 じゃ、どこで?」
「俺、金ないんで、バーガー店でいい?」
実は、一度も入ったことがない。 いいチャンスかもしれないと、まき子はちょっと面白くなってきた。
「どこの?」
暁斗はすぐ場所を言った。
受話器を置いたとたん、また呼び出し音が鳴った。 そばにいたまき子が持ち上げると、今度は聞き慣れた博史の声がした。
「もしもし、染小路さんおいでになるでしょうか?」
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