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まき子も急いで頭を下げた。
「お忙しい中わざわざ足を運んでいただきまして、恐れ入ります。 父はちょっと出ておりますが、間もなく帰ってくると思います。 どうぞお上がりくださいまし」
三島が飛んで出てきて、二人を案内した。
「こちらでございます」
立派な客間でロイヤルブレンド紅茶の接待を受けて、母の克子はぼうっとした様子だった。
「あの、ほんとに……ひとことお礼を言いたくて伺っただけなんです。 あの、これ、粗末なものですが」
チョコレートケーキの箱を、克子はテーブルの端に置き、きまり悪そうな顔をした。
礼を述べて、すぐにまき子は三島に持って行かせた。 やがてケーキはきれいに切り分けられて、盆に載って戻ってきた。
それまで無言だった暁斗が、体をムズムズ動かして、ぽつりと言った。
「優勝したんだ、俺」
そのぶっきらぼうな言葉遣いに、克子は呆れ果てた。
「これっ!」
まき子は微笑して答えた。
「おめでとうございます。 ホールの二階で聞かせていただいたわ。 ご立派な演奏でした」
とたんに、暁斗の眼がカッと見開かれた。
「聞いてたの……?」
「ええ、地味な着物を着てね」
いたずらっぽくまき子が笑うと、暁斗は下を向いてしまった。
妙な空気をなごませようと、克子はやっきになってしゃべり出した。
「私もホールに行ってましたが、はらはらしてよく覚えておりませんよ。 ただ、暁斗の最初の音が聞こえたとき、あっと思いました。 楽器であれだけ違うものなんですねえ。 デリケートな音でも会場の隅々まで響き渡る感じで」
染小路家の所有するストラディヴァリは、セレーノという名の他に、天上のトランペットという仇名がついていた。 それほど高音が輝かしく、よく伸びるのだ。 その音色は、華やかさと繊細さを兼ね備えた暁斗の演奏にぴったりだった。
「以前にエセル・マーマンというアメリカの歌手がいましてねえ、染小路さんはお若いからご存じないでしょうけど、ステージで声を張り上げると窓ガラスがビリビリ震えたそうですよ。
暁斗が貸していただいたバイオリンも、それと似たようなことが起きるんですかねえ」
「関係ないだろ? よせよ」
「あら、だって同じ音楽じゃないの」
母と息子が仲よく肩をぶつけ合って牽制しているのを見て、まき子はちょっぴりうらやましく思った。 自分にもこうやって、庇ったりたしなめたりする母が生きていてくれたら……。
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