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竹屋という気さくな定食屋でカツ丼を食べて、ホールに戻ってみると、表に結果が張り出されていた。
通行人が何人か、立ち止まって眺めていた。 だが、まき子はリムジンから降りる勇気が出ず、粕谷にそっと頼んだ。
「悪いけれど、見てきてくれる?」
粕谷は酸っぱい笑いを浮かべて、運転席から振り向いた。
「怖いんですか?」
まき子は粕谷には素直だった。
「……そうなの」
「わかりました。 確かめてきましょう」
皮手袋を嵌め直すと、粕谷は颯爽とドアを開け、澄ました顔でホールに向かった。
その間、ほんの三、四分だったが、まき子には一時間にも感じられた。 心臓の縮むような一時間に……
粕谷は大きな体を告知の前に寄せて、手帳を取り出し、メモを取った。 それから、別に急がず、悠々と帰ってきて席に乗り込んだ。
震える手を重ねて、まき子は小声で尋ねた。
「どうだった?」
手帳を広げると.、粕谷は事務的に読み上げた。
「順位は、一位が田中暁斗、二位は岡野君江、三位が栗田洋吾、以上です」
少しの間、まき子は胸が強ばったままだった。
だが、間もなく緊張が解け、暖かみが全身に広がった。
粕谷は手帳に目を近づけて、続きを追っていた。
「田中さんは、他にもランベール賞とかいうのを取っています。 審査員特別賞も」
並み居る賞を独り占めなんだ。 まき子は目頭が熱くなるのを覚えた。
「すごいわねえ」
「半分はバイオリンのおかげですよ」
粕谷は意地悪そうに言い返した。
やがて、車は静かに出発した。 座席にゆったりともたれたまき子は、ようやく不安から逃れて、未来のことを考えめぐらす余裕が生まれた。
――これで暁斗さんは将来が開けた。 私もこの一ヶ月楽しかったし、ストラディヴァリにもふさわしい弾き手が見つかった。
すべてうまく収まったわ。 明日からは日常に戻って、そろそろ結婚準備を始めないと――
非日常な日々は終わりだと、そのときのまき子は思っていた。 すぐに、甘かったと思い知らされるのだが。
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