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椅子にゆったりと座っていた和麿が、思わず腰を浮かせかけた。 そのぐらい、まき子の突然の宣言には迫力があったのだ。
博史も、まき子の剣幕には驚いたらしく、びくっと肩の辺が持ち上がった。
だが、意外に速く、彼は立ち直った。 笑顔をつくろい、軽く笑い飛ばした。
「まあまあ、そんなに目を吊り上げないでくれよ。 君が無能だなんで思ってませんよ。 バカな女は僕の一番苦手とするところでね、そんなものを妻にする気はさらさらないんだから。
僕の言わんとするのは、君の能力が会社でちゃんと認められてるかということなんだ。 才能と地位が見合ってない。 そこを強調したいんだよ」
「やって無駄という仕事はありません。 悪事なら別だけれど」
まき子は、なんとか気を静めて、穏やかに言い返した。
「不意に辞めれば、たとえわずかでも会社に迷惑がかかります。 いま大岩商事は業務の拡張中でとても忙しいの。 ですから、今年中は辞職するつもりはありません」
「責任感が強いのはわかるけど」
まだ言いたそうな博史から父へ顔を向け直して、まき子は挑戦的に尋ねた。
「田中さんがさっそく練習に見えているんですけど、お昼をご一緒していいかしら?」
「構わないよ」
和麿は穏やかに答えた。 博史の目に角が立ったが、まき子は知らん顔で廊下に出てしまった。
キッチンに行って、料理番の杉野にニ人分増やしてくれるよう頼んでいると、博史が追って入ってきた。
「まき子さん、まだご機嫌斜め?」
「いいえ、そんなことは」
社交的笑顔になって、まき子は答えた。 本気で婚約破棄までする気はない。 他に好きな人がいるわけでもないし……
そこで、気持ちがちょっと引っかかった。 空気の動かないキッチンにいるのに、春風がふとかすめて過ぎたような、甘い余韻が胸を走った。
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