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思いがけない男の声、しかも妙になれなれしくタメで話しかける声を聞いて、博史の肩がグッと強ばった。
まき子は体を斜めにして博史の背中から顔を出し、明るく応じた。
「どうぞ! 用意はしてあるから」
「わるい」
それだけぶつ切りのように言うと、暁斗はさっさと歩いていってしまった。 首だけ回して振り返った博史を見もしないし、挨拶もまったくないままだった。
曲げた首を元に戻すと、博史はちょっと不機嫌そうに呟いた。
「どうも、ぐらい言ったらどうだ」
「田中さんのこと? 彼は芸術家で、少し風変わりなのよ」
「田中か。 名前はえらく平凡なんだな」
そこで博史は、まき子の顔を探るように見た。
「友達? 名前をあなたの口から聞いたことがないが」
「昨日会ったばかりだから」
博史は絶句した。 妙な間が空いた。
「それであの言葉遣いなのか! まき子さん、今の学生にはガツンと言わなければわからないことがある。 礼儀作法は特にそうだ。
あの生意気な芸術家気取りの子にいいなさい。 年長者には敬語を使うようにと」
年長者――何となく気の滅入る言葉だった。 ずっと年上だからといって、博史に命令口調で言われるのも楽しくなかった。
それで、できるだけ穏やかに説明した。
「知り合って一日でも、友情を感じたら友達。 敬語では親しみが持てないわ」
博史の顔が怖くなった。
「僕の言うことが聞けないんだね。 君は変わったな。 お父上にお願いして、一日も早く仕事を辞めさせていただこう」
当人のまき子の気持ちも訊かずに、博史は靴をパッパと脱いで、廊下を歩いていってしまった。
あっけに取られて見送っているまき子の横に、すっと粕谷が来て報告した。
「田中さんが来て、今バイオリンの練習を始めたところです」
それから、舌なめずりしそうな様子で付け加えた。
「佐藤の息子の一朗が、地下室の前で見張っております。 万が一、田中さんが楽器持ち逃げなどの不届きな真似をされましたら、ただちに取り押さえる所存です」
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