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夢から覚めたように、暁斗はぶるぶるっと頭を振り、困った様子で答えた。
「正式なディナーなんでしょ? この格好じゃちょっと……」
粕谷は顎を上げて、平然と答えた。
「ご心配なく。 この屋敷には、不意に来られたお客様用の夜会服をサイズ別に用意してありますから」
当主の染小路和麿〔そめのこうじ かずまろ〕に招待を受けたため、粕谷はしぶしぶ暁斗に敬語を使うことに決めたらしかった。
暁斗が粕谷によって、男性用控え室に連行されていってから、まき子は急いで自分の部屋に上がって、着替えをした。 いつもならブラウスにロングスカートぐらいの服装にするのだが、今夜はクリーム色のワンピースにしてみた。 それは、正式な客があるときに着る物だった。 まき子は暁斗の見事な演奏に敬意を表したかったのだ。
軽く化粧直しをして階段ホールに下りたまき子は、ぶすっとした粕谷の横に、ディナージャケットをすっきり着こなした青年紳士を発見して、たじたじとなった。
「あら……」
振り向いた粕谷が、いまいましげに言った。
「田中さんは、正装がよくお似合いです。 なぜか」
「発表会なんかで着る機会が多いから」
そう言って自分も振り返った暁斗は、着替えたまき子を見たとたん、思わず眼を大きくした。
「あれ……」
「おきれいでしょう?」
粕谷が自慢そうに咳払いした。
「十五歳のとき、街をそぞろ歩いていらして、モデルにならないかと誘われたんですから」
それが子供服のモデルだったという落ちを、まき子は思い出して苦笑した。
「自慢するような話ではありません。 中に入りましょう」
粕谷がドアを開けると、暁斗は日本の男の子には珍しく、自然に道を譲ってまき子を先に入らせた。 それを見た粕谷の目が、少し暖かくなった。
食事室は、英国風の本格的なものだった。 吉野杉の腰板が張り巡らされた白い漆喰の壁には、大小の額が品よく飾られ、黒檀の長テーブルは、天井の優雅な照明のみならず、三対の燭台で光り輝いていた。
窓辺でシニアグラスをかけ、夕刊に目を通していた和麿が、入って来た青年をレンズの上から観察した。
「君かね? 先ほど流麗なバイオリンの音を響かせておったのは」
「はい、田中暁斗といいます。 招待していただいて、ありがとうございます」
特に物怖じした様子はなく、暁斗は淡々と答えた。
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