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拾った物を、まき子は男の掌に、順番に載せていった。
「お金に、ハンカチ。 鍵と松脂。 はい」
「どうも」
バカにしたように深々と頭を下げると、男は階段を下りていった。
まき子は動かず、その後ろ姿を黙って見送っていた。 すると、五段ほど行ったところで、男は急に足を止めて振り返った。
「お嬢様、お名前は?」
すっくと立ったまま、まき子は毅然と答えた。
「相手の名を知りたくば、まず自らが名乗るのが筋でしょう」
「そうか、そうだよな。 失礼しました。
たなかあきと、という者です。 名前の字は、アカツキの暁と、十の左上に点二つの斗」
田中暁斗――頭の中で字を並べてみて、まき子は納得した。
「染小路まき子です。 染物の染め。 名前はひらがなです」
「ふーん。 君は苗字が凝ってて名前が普通。 僕は名前が読みにくくて苗字はどこにでもあるやつ。 交換したら面白いだろうな。 染小路暁斗と、田中まき子。 お、なんだか暁斗とまき子って、響きが似てるよ」
酔っ払いの繰言に付き合っているときりがない。 まき子はさっさと階段を下り始め、途中で暁斗を追い越した。
「お先に」
「ちょっと待って。 気が変わった。 君ってやっぱり面白そうだ。 サ店に行こう。 まだそんなに遅くないよ。 ねえ」
しなやかな指が、再びまき子の肘を捉えた。
ほぼ同時に下のドアが開いて、粕谷の岩のような顔がニュッと突き出た。
五メートルほど上で、若い男がまき子の腕を掴んでいるのを見てとった瞬間、粕谷の目が光り輝いた。 今まで、いくら鍛えても出番のなかった腕が、いよいよ発揮されるときが来たのだ!
「何をする! 手を放せ!」
一応、顔に似合った野太い声で警告しておいてから、粕谷は階段をひとっ飛びに駈け上がった。
粕谷が暁斗に掴みかからんとした瞬間、まき子の声と、きゃしゃな体が、同時に割って入った。
「乱暴狼藉はなりません! この人は芸術家です。 指や腕を傷つけたら何とするの!」
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