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普通のOLなら反射的に手を振りほどくところだろうが、あいにくまき子はおっとりしすぎていて、あれよあれよという間に、開いたドアの中に引き込まれてしまった。
とたんに大音響がまき子に襲いかかった。 チカチカ輝く赤青黄色の目まぐるしい光のシャワーも。 人いきれと騒音の嵐の中で、思わず足がすくんだ。
――情けない。 これしきのことでうろたえて。 心頭滅却すれば火もまた涼し――
微妙に関係なさそうな格言を胸で唱えると、まき子は足をふんばり直した。
面白そうな声が上から降ってきた。
「ディスコは初めて?」
ウワンウワンと立ち込めるユーロビートの音量に負けないように、まき子も高い声で答えた。
「ええ、そう」
「かわいいね、正直で」
完全にダサ女扱いだ。 慣れているからそんなに腹は立たないが、それでもいい気持ちはしなかった。
また手を掴んだままの男は、さっさとまき子を引っ張ってフロアに下りていった。 そして、真ん中あたりで向かい合うと言った。
「適当に体くねらせて。 みんなその程度だから」
酒と香水の混じった複雑な香りに満ちた空間の奥から、怪しげな気配がただよってきた。 まき子がちらりと横目で見ると、石山真砂子たちがテーブルにたむろしていた。 女が四人に男が二人。 どうも釣りあいが悪い。
真砂子の目が、まき子を連れてきた青年にじっとそそがれているのを知って、まき子の中に押えきれないいたずら心が湧き上がった。
「あなた、何踊れる?」
「え?」
なめらかに上半身を揺すりながら、男は訊きかえした。 その動きは素人離れしていて、いかにも運動神経がよさそうだった。
「ダンスできるでしょう。 ステップの踏み方が違う」
「あーっと、ジャズダンスならやったことあるけど」
「ジルバは?」
「は?」
名前さえ聞いたことがないらしい。 構わずに、まき子は彼の手を取った。
「前後にこう足を出して、ときどき私を回すの。 いい?」
「はあ、いいけど」
「じゃ、行くわよ」
曲調が違うが、リズムが似ていれば何とかなる。 まき子は眼をきらきらさせて踊り始めた。
相手の男は覚えが速かった。 すぐにまき子と呼吸を合わせ、ぱっぱとステップを踏みつつ、腕を上げてくるりと回転させた。
動いて、動いて、手を合わせて回って。
たちまち二人は、フロアでの注目の的になってしまった。
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