表紙

羽衣の夢   206 未来へ続く


 両親や祖父母の願い通り、恵理は人見知りしない健康な子に育った。 もともと鼻筋の通ったすっきりした顔立ちをしていたが、二歳の誕生日を祝ったあたりから丸い赤ん坊顔に変化が出て、顎の形が整い、これは将来お母さんに負けない美人になるかもしれないと、親戚中で囁かれるようになった。


 七五三を控えた三歳になって、晴子がすばらしい『おべべ』一式を仕立ててくれた。 末広がりの扇模様に、恵理の好きな白うさぎをあしらってあり、前日ためしに着付けて、写真館に揃って出かけた祥一郎と登志子は、華やいだ我が子の晴れ姿に目尻が下がりっぱなしだった。
 着付けは、またも加寿が担当した。
 恵理は両親を普通にお父さん、お母さんと呼んでいるが、晴子のことは弘樹に教えこまれたらしく、初め『お母さんのママ』と言っていた。
 やがて長い呼び名は自然に縮まり、今では『大ママ』になった。 そして、その母親にあたる加寿は、ママ母と呼ばれそうになって慌てて、大祖母ちゃんでいいんだよ、と言い聞かせたものの、結局、自分たちを決して叔父さんとは呼ばせない弘樹・滋・友也にならって、『お祖母ちゃん』に落ち着いてしまった。


 本番の七五三は、めでたいことに空が晴れ渡り、両家の祖父母とも勢ぞろいして、若い父に負けず、吉彦と結二が競い合うように写真と八ミリフィルムを撮りまくった。
 卒業後、理化学研究所の研究員になった登志子は、淡い鴇色〔ときいろ〕のツーピースを着て、花盛りの美しさをみせていた。
 他の女性たちは、みな和服で現われた。 玄蔵もしっかりと羽織袴で、堂々とやってきた。 標準より背の高い恵理は、長い髪を桃割れにかわいく結い上げ、千歳飴の袋を持って無邪気にぽっくりで歩き回って、自然な愛らしさを振りまいていた。


 式の後、一同は玄蔵なじみの料理屋で、さらに盛り上がった。 その場で、ほろ酔いになった玄蔵が、もう一つの祝いを言い出した。
「さて僭越ながら、深見の大将、つまり吉彦さんが、このたび社長に出世なさるそうで。 ほんとにめでたい。 この座を借りて、乾杯しましょうや!」
 知らなかった人々がどよめき、歓声が上がった。 吉彦は苦笑しながら周囲に会釈し、やんやとはやされて、短い挨拶を行なった。
「ありがとうございます。 身に余る職務ですが、精一杯老骨に鞭打って、がんばりたいと思います」
「老骨って、吉彦さん、まだ若い若い。 昔とちがって人生五十年じゃないんだから、これからが華ですよ」
 乾杯の後、驚いたことに結二が見事な民謡を歌った。 それがきっかけになって、続いて弘樹が、最近こっている手品をなかなか上手に披露した。
 一番みんなを驚かせたのは、いつ練習したのか、晴子と美栄が二人声を合わせて、ザ・ピーナッツの曲を合唱したことだった。 そして最後には、玄蔵がいつものように、どじょうすくいをやって、どたばたのうちに楽しい宴会を締めくくった。




 日常の暮らしに戻って五日後、登志子が仕事帰りに下町で娘を受け取って帰ってくると、珍しく早く戻れたという祥一郎が先に家に着いていて、途中で写真館から貰ってきた七五三の記念写真を眺めていた。
「お父さん、おかえり!」
 そう叫んで、ぴょんと腕に飛び込む恵理を膝に乗せて、祥一郎は小さいコートの大きなボタンを外してやった。
「かえってきたのは、恵理のほうだよ。 お父さん先に帰ってたんだから。 でも、ちゃんと挨拶できたから、お父さんも言おうな。 ただいま」
 ハーフコートを洋服箪笥にかけ、手早く普段着に着替えながら、登志子は卓上を覗きこんだ。
「あ、写真屋さんで受け取ってきてくれた?」
「うん。 これ見て」
 夫の肩に手を置いて、登志子はじっくりと、娘が一人で写っている大判を眺めた。
「さすが本職ね。 きれいに撮れてる」
「似てないか?」
 登志子の口が、わずかに開いた。 驚きに、息が乱れた。
「あ……」
「すごく似てるよな、この角度だと」
 隔世遺伝なのか。 いくらか斜め右横から光線を当てて撮影した恵理は、加納嘉子のポートレートに、はっとするほどそっくりに見えた。
「これ、一番写りがいいから焼き増しして、親父と深見の人たちに渡そうと思うんだ。 もう一枚焼いて、加納さんにも送ろうか?」
 登志子は背後から腕を回して、祥一郎と娘を同時に抱いた。
「そうしましょう。 きっと喜んでくれるわ」
 実の母は、遠ノ沢敏広知事にも見せるだろうか。
 きっと機会を見つけて、彼にも渡すに違いない。 こうして二人の血がつながっていき、共に生きた証しになることを、喜んでもらえたら、それだけで嬉しい。
「さっき郵便受け見たら、いくつも封筒が詰まってたよ。 ほらこれ。 結二や深見のお義父さんが撮ったやつだせ、きっと」
「わあ、楽しみ!」
 二人は手分けして、さっそく封筒を開きはじめた。 恵理も一人前にカラー写真を手に取っては、見分けられる被写体を、はしゃいで名指しした。
「あ、これ玄蔵お祖父ちゃん。 これ友ちゃん。 これは……麻美〔あさみ〕ちゃんかな?」
 近所の友達の名前だ。 登志子が覗いて確かめた。
「ちがうみたい。 通りかかった近くの子ね、きっと」
 次第に日が落ちて、外は藍色の闇に包まれてきた。だが、灯りのついた茶の間は、一足飛びに春が訪れたような明るさに満ちていた。
 木枯らし一号が吹く中、コートの襟を立てて路地を歩いていたサラリーマンが、楽しげな笑い声の響く二階をうらやましそうに見上げてから、早足になって通り過ぎていった。







【完】











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