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羽衣の夢   202 計画変更で


 律儀なサラリーマン達は、十一時になると席を立って、粛々と帰っていった。 若い社員が後片付けを手伝うと申し出たが、人手があるから気を遣わないでと、晴子にやんわり辞退され、きちんと挨拶して帰路に着いた。
「皆さん若いのに立派ね」
「うちの会社は明るいけど、規律はちゃんとしてるんだ」
 吉彦は、自分も身軽にビールのコップを台所に運びながら、誇らしげに言った。
「お昼は、オムレツとシチューでいい?」
「ご馳走だな。 午前中ずっと連中がいて疲れただろう? もっと簡単なのでもいいんじゃないか? 祥一郎くんが怒るとは思えないし」
「合宿のカレーに大根のしっぽと、なぜかたわしが入ってたって言ってたものね」
 二人で笑いあった後、晴子は真面目になった。
「大丈夫よ、大変じゃないから。 シチューは昨夜作ってあって、温めるだけだし」
「じゃ頼むよ。 あっちの二人とゆっくり話してくるかな。 お義母さんが独り占めしてるから、割り込んでくるよ」
「がんばって」


 客間では、友也が持ち出したトランプで、わいわいとダウトをやっていた。 吉彦も加わって一勝負終えた後、登志子が真面目になって、父に相談を持ちかけた。
「お父さん、私、もうじき卒業でしょう?」
「そうだね」
「それで、薬品会社の研究員に推薦されていたんだけど、一日中働く仕事は、こうなったら無理だと思う」
 息を吸い込んでから、登志子は後を続けた。
「子供は自分の手で大事に育てたいの。 それでね、祥一ちゃんに勧められたんだけど、大学院に進もうかと思って」
「いいじゃないか」
 吉彦は膝を乗り出した。
「成績優秀なのに社会に還元しないのは損失だ。 でもこの社会は、新卒じゃないと良い条件で就職するのは難しい」
 それから、顔を上げて祥一郎を見た。
「言いにくいが、子供の養育費もあるし、いろいろ物入りだろう。 学費を立て替えさせてもらえないか? 登志子が働き出したら、少しずつでも返してもらうということで」
 祥一郎は固い表情になった。 できれば自分たちで計画を立てて、やりくりしたいと思っていたのだ。
 だが、吉彦の案は合理的で、押し付けがましくもなかった。 しかも登志子が喜び、必ず返すと約束した。 こうなると、反対するのは意固地だと思われる。 それに祥一郎は、登志子を喜ばせたかった。
「お気遣いすみません。 お願いします」
 吉彦はほっとして、笑みを浮かべた。


 昼は、友達と出かけていた弘樹も帰ってきて、にぎやかな食事になった。 若い夫婦は団欒の中心になって、つい長居になってしまい、結局夕飯までご馳走になって、九時半にようやく自宅に帰り着いた。
「ごめんね、明日から仕事なのに」
 登志子が恐縮すると、祥一郎はいたずらっ子のような表情で笑い返した。
「いいよ、そんなの。 晩飯おごってもらったし、久しぶりに皆で遊んで、楽しかったし」
「お風呂に入って、早く寝ようか」
「それが一番だな」
 さっと上着を脱いでハンガーにかけながら、祥一郎がさりげなく言った。
「これで両方の家に報告したわけだけど、加納さんには?」
 祖母がくれた卵焼きを冷蔵庫にしまうと、登志子はしんみりした口調で答えた。
「手紙に書いて、昨日出した。 喜んでくれると思う、きっと」
「きっとどころじゃないよ。 絶対喜ぶって」









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