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羽衣の夢
201 実家の喜び
その二日後、今度は深見の家で新年会があって、祥一郎と登志子はそろって出かけた。
次期社長の呼び声が高くなった吉彦の元には、誘いをかけなくても部下や取引先の社員たちが続々とつめかけ、広い玄関は靴で一杯になっていた。
それでも誰かが二階の窓から見ていたらしい。 二人が玄関を開け、どこに踏み込もうか迷っていると、ドタバタと駆け下りようとする友也を制して、滋が先に足音を忍ばせて降りて来て、ピカピカの革靴の群れを両側によけ、細い道筋を作ってくれた。
「お帰り〜。 畳の続き間はおじさん達に占領されちゃってるから、こっちこっち」
「ありがとう。 それから、あけましておめでとう」
「そうだった」
中の兄を手伝っていた友也が、ひょこっと顔を上げて答えた。
「おめでとうございます」
登志子は、中倉家には訪問着で行ったが、実家には祥一郎が買ってくれたアンゴラのツーピースを着てきた。 そのほうが動きが楽だろうという彼の配慮だった。
二人は応接間に案内され、滋がかいがいしくお茶とケーキを出した。
「うわ、お客様扱いだな。 悪いね」
祥一郎が当惑ぎみに言うと、滋はにこにこしながら返事した。
「お母さんがすぐ来るから。 このケーキ、お姉ちゃんたちと食べたいって楽しみにしてたんだ」
そこへパッとドアが開いて、晴子が入ってきた。 嬉しくて笑みくずれている。
「登志ちゃん、お帰り! 祥一ちゃんも、新年おめでとうございます!」
祥一郎は、きちんと立って挨拶した。
「おめでとうございます。 今年もどうかよろしくお願いします」
「相変わらずしっかりしてること。 さあ座って。 すぐお父さんも抜け出してくるから」
ちらっと壁の時計を見やってから、登志子は祥一郎と目を合わせた後、そっと切り出した。
「あのね、お母さん。 今度ね」
そこで、どう言ったらいいかためらって、また祥一郎を見たため、彼が代わりに告げた。
「僕達、子供が生まれるんです」
晴子は口に手を当てた。 みるみる大きな眼に涙が湧き出した。
「まあ、すばらしい。 おめでとうね、二人とも。 ほんとに何てすばらしいこと」
滋と友也も顔を見合わせ、口々に言った。
「おめでとう、祥一兄ちゃんとお姉ちゃん」
「赤ちゃん、いつ生まれるの?」
これは無邪気な友也の問いだった。 祥一郎は嬉しそうに目を細めて答えた。
「初夏のころ。 予定日は六月十八日」
「えっ?」
またドアが開き、急いでやってきたらしい吉彦が、敷居をまたいだところでびっくりして立ち止まった。
「予定日って……」
「そう。 私、お母さんになるの」
登志子が顔を上げて、はにかんだ小声で言った。 吉彦はドアを閉めるのも忘れて椅子を引いて座り、まず登志子の肩をやさしく叩いてから、祥一郎と握手した。
「おめでとう。 六月か。 寒くなくて、いい時期だね」
「すぐ夏になるんで、暑さ対策が要りますけどね。 月賦でクーラーを買う予定です」
当時はまだ相当高かったが、電器会社に勤めている祥一郎は、社内割引で何としても手に入れるつもりだった。
晴子はわくわくして、足が地に付かない感じだった。
「じゃ、うちも準備しなくちゃね。 久しぶりに赤ちゃんの声が聞ける。 なんかどきどきしてきたわ」
晴子が張り切るのも当然で、当時は今以上に、若い母は産後を実家で過ごす決まりだった。
そこへ、応対を代わってくれていた加寿がやってきた。
「吉彦さん、蟹江〔かにえ〕部長さんがちょっとお話をって」
「あ、どうも」
しぶしぶ立ち上がった吉彦と入れ替わりに、加寿が急いで座り込んで若夫婦に笑いかけた。
「おかえりなさい。 祥一ちゃん立派よ。 登志子もいい物着て」
「あのね」
遠慮のない友也が声を張り上げた。
「お祖母ちゃん、ひいお祖母ちゃんになるんだよ」
すぐ加寿は目を真ん丸にし、事情がのみこめたとたん、衝動的に腰を浮かせて登志子を抱きしめた。
「よかったねぇ登志子。 いい子だいい子だ」
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