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羽衣の夢   199 めでたい日


 二年後の正月、中倉家で賑やかな新年会が開かれた折、祥一郎が父の玄蔵に、そして登志子が姑の美栄に、そっと知らせた。
「お義母さん、一週間前にお医者さんに行ってきたんですよ」
 台所で晴れ着にたすきをかけ、酒のお燗にいそしんでいた美栄の顔が、ぱっと輝いた。
「まあ、もしかして?」
 登志子は、結婚してますます艶めいたといわれる頬をほんのりと染めて、小声になった。
「はい、三ヶ月半ですって」
「登志ちゃん、登志ちゃん!」
 感極まって、美栄は長方形の盆を横の台に置き、きれいに結い上げた髪が乱れるのもかまわず、背の高い嫁に思い切り抱きついた。
「よかったよかった! おめでとう。 お母さんと加寿さんには?」
「明日知らせに行きます。 まずお義父さんとお義母さんにと思って」
 真っ先に打明けてもらったのを知り、美栄は目を輝かせた。
「嬉しいわねぇ、新年から二重のおめでただ。 無理しちゃだめよ〜。 高いところに上るのも。 重いものは全部、祥一郎に持たせてね。 こき使ってやんなさいよ」
「はい」
 大と小の二人の女性は、手を取り合ってくすくす笑った。


 和室のほうでは、台所ほどすんなりとは行かなかった。 病院で診てもらったんだけど、と祥一郎が切り出したとたん、玄蔵は心配して座り直した。
「え? 登志ちゃんどこか悪いのか? 大変だ」
「ちがうよ、親父」
 小耳にはさんだ結二が、もどかしそうに割り込んできた。
「赤ちゃんできたんだよな? そうだろ、兄貴?」
「うわっ」
 玄蔵が喉に詰まったような声を立てたため、盛り上がっていた親戚・近所の人・従業員たちが、一斉に首を向けた。 古参の佐野という心配性の従業員が、あわてて立ち上がって近づいてきた。
「大将、どうしたんすか? 餅がつっかえましたか?」
 玄蔵は目を白黒させ、赤くなって叫んだ。
「よせやい! オレはまだ、そんなジジーじゃねぇ」
 どっと笑い声が上がり、佐野もにやにやした。
「いや〜、変な声立てるから心配で」
「めでてーことだよ。 いや最高! ほんとなんだな、祥一?」
「ああ。 気の毒だけど、親父、夏にはほんもののジイさんになる予定だ」
 一瞬ぽかんとした後、玄蔵は豪快に笑い出した。
「そうだよな、なんたって孫ができるんだ!」
「ほう」
 佐野が目を丸くして、手を叩いた。
「おめでとうございます、大将! 祥一ちゃん!」
 彼のその言葉に続いて、一斉に拍手と歓声が沸いた。


 その騒ぎは、台所にも届いた。 急に照れくさくなって、登志子は盆にとっくりと盃を並べる側に回り、手伝いに来ていた三津子に持っていってもらうことにした。
「一緒に行こうよ〜。 みんな登志ちゃんにおめでとうって言いたいんだから」
「後にする。 それに、重いもの持っちゃいけないってお義母さんにも言われたし」
「あー、ずるい。 そんな言い訳して」
 盆を持ったまま、三津子は柱に背をもたせかけ、夢見る表情になった。
「私も早く子供ほしいな」
 今度は酒の肴にとタコと数の子を切り分けていた美栄が、手を止めて肩越しに振り返った。
「三津ちゃんもそろそろお嫁に行くの?」
「うんっ」
 やけにはっきり言われて、登志子と美栄は目を見張った。
「わぁ、おめでとう!」
「言っちゃった……」
 どうやら口をすべらせたようだ。 三津子はチロッと舌を出したが、幸せそうだった。
「おばさんのおかげで花嫁修業できたし、事務員四年で社会勉強もしたし、もらってくれる人ができたから、もういいかなって」
「ぜんぜん知らなかった」
 登志子が少し寂しそうに言うと、三津子は傍に寄り添って、肩に頭をもたせかけた。
「わかってたら真っ先に紹介した。 でも、わかんなかったの。 変な言い方だけど、すてきな先輩だなーってずっと思ってて、でも高嶺の花の人っているでしょ? 高林〔たかばやし〕さんって、そういう人なんだ。 みんなに公平だから、まさか私を見てるなんて思わなかったの。
 そしたら、クリスマス前に机に封筒が入れてあって、券が入ってて、それが私が見に行きたいって思ってて買えなかったやつだったの。
 でね、できたら一緒に見ようって書いてあってね」
「やったじゃない」
「うん!」
 盆を持っているのをうっかり忘れ、三津子がぐんと手を伸ばそうとしたので、登志子は慌てて受け止めた。







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