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羽衣の夢   195 新婚旅行へ


 登志子の実父以外は、近親者の大人全員が揃った部屋で、心づくしの打ち掛けを着た花嫁と、羽織を白に替えた花婿が、みんなに囲まれて記念写真を撮った。
 それから、新郎新婦二人だけの写真も撮影した。 その間、大人たちは二人のわずかな着崩れを整えたり、思い出話をしながら、感慨深く見守った。
 加納嘉子は涙ぐみがちだった。 だが本心から喜んでいるのは確かで、晴子と美栄に小声で打明け話までした。
「婚約したと知らされたとき、一瞬寒気がしたんですよ。 もしかしたら、世間慣れした鞍堂さんに気持ちが動いたんじゃないかと思って。
 そうではなくて、本当に嬉しかった。 祥一郎さんはすばらしい坊ちゃんですもの」
 その言葉を聞いて、晴子が息を引いた。
「え? まさか鞍堂社長が登志子のことを……?」
「わかりません」
 嘉子は正直に答えた。
「あの人のことは子供のときから知っているけれど、本心がわかったためしがないんです」
「ゴシップ雑誌に出てた、あの若社長ですか」
 美栄が考え込みながら言った。
「気の毒に殺されかけた人」
「ええ」
 溜息と共に、嘉子は答えた。
「このところ会っていないけど、婚約間近だと聞きました。 関西の名門のお嬢さんと縁談があるとか」
「いいお話ですね」
 晴子が抑揚のない声で応じた。


 大勢の客が詰めかけた披露宴が待っている。 ぎりぎり三十分しか取れなかった。  それでも短い時間の許す限り、登志子はできるだけ実母の傍にいた。 そして、いよいよ押し詰まって部屋から出るとき、もう一度ぎゅっと手を握った。
「あらためて、鏡台をありがとうございました。 旅行の写真も送ります」
「もうお礼なんて言わないで。 あれしかできないのが悔しいんだから」
 有名な麗しい瞳をまたたかせて、嘉子は囁き返した。
「どうか幸せに。 ただそれだけ」


 その後の披露宴は、楽しくて華やかだった。 祥一郎の上司の長々とした祝辞は、少々眠気を誘ったが、花嫁花婿とも賑やかでお祭り好きな友人が多く、様々な座興で大いに盛り上がった。
 最後に二人が祝福の渦の中を退場するとき、ハプニングが起こった。 下町の青年部の男子たちが、いきなり神輿のように祥一郎を抱き上げて、高々と胴上げを始めたのだ。
 わっしょいわっしょいと四回も放り上げられた祥一郎は、苦笑しながら、それでも軽々と床にまっすぐ降り立った。
「こんなの聞かなかったぞ」
 音頭を取った高梨良太が、顔を上気させて笑いながら説明した。
「見送りの駅でやるより、ここのほうが安全だし、みんなに見せられるから」
「この目立ちたがり」
 男子たちはワッと笑い、乱れた祥一郎の服装を寄ってたかって直しながら、肩を叩いて激励した。




 早めに『行事』を済ませたにもかかわらず、彼らはやっぱり、宮崎へ新婚旅行に出る駅まで、ちゃんと見送りに来た。
 当時は新婚旅行に花嫁の帽子がつきものだったが、登志子は目立ってきまり悪いからと被らなかった。 すると、昔なじみの水上孝治に野球帽をチョンとかぶせられてしまった。
 登志子のファンの女子たちは憤慨した。 でも登志子は面白がって、被ったまま車両に乗った。







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