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羽衣の夢   193 式の前夜に


 こうして晴れやかな結婚式の日は、刻一刻と近づいてきた。
 吉彦は天気予報を調べ、低気圧は来ないらしいと喜んだ。 客も正装で来るのだから、雨が降らないほうがいいに決まっている。
 加納嘉子から手紙が来て、うまく休みが取れたから前日からホテルに泊まり込む、と嬉しそうに書いてきた。 嘉子は、挙式と披露宴の間に控え室へ来て、一緒に記念写真を撮る予定で、今からどきどきして、よく眠れないそうだった。


 式の前日、すべての準備をしっかりと終え、点検もすませた深見家は、ささやかな旅立ちの会を開いた。
「これが最初で、次々にやることになるんだろうが」
 吉彦は寂しそうな表情を隠せなかったが、それでも元気にやろうとしていた。
「登志子は特に、女の子一人だけだからね。 巣立っていくという気持ちが強いんだ。
 でも、本当によかった。 みんなが喜ぶ花婿なんて、それこそ鐘と太鼓で探しても見つからないものだよ」
「向こうもそう言ってるよ、ぜったい」
 弘樹がむきになって口を挟んだ。 幼い頃病気するたびに、小さな看護婦さんのように傍について、元気付け笑わせてくれた姉は、彼にとって特別な存在だった。
 この席で、三人の弟が相談して買った自転車が、登志子に贈呈された。 前もってわかっていたものの、大きな包装紙でくるまれ、かわいらしいリボンまでついたダンボール箱を渡されると、登志子は芝居しなくても涙ぐんでしまった。
「ありがとう。 こんなに大きいもの、高かったでしょう?」
「そうでもないよ。 開けてみて」
 友也がはしゃいで言った。 そして、登志子が滋の力を借りて箱を開くと、組み立て方を教えたくてバタバタした。
 おかげで会は湿っぽくならず、賑やかに終わった。 登志子は胸が詰まったようになって、両親と祖母への感謝のことばをどうしても言い出せなかった。 それをこの場で告げたら、実の親のことを口走ってしまいそうだし、何より地球の裏側へ行くわけでもないのに、家族に別れの言葉なんて言いたくなかった。


 ようやく気持ちを言えたのは、翌日、つまり式の当日、二台の車に分乗して式場に向かう直前だった。
 玄関中に並んだ大小の靴は余所行き用だったので、自分のものが見つけられなくなった弘樹と滋が、二足を交互に履いて確かめていた。
 その間、上がりかまちに立って待っていた両親に、登志子は小声で話しかけた。
「これまで育ててくれて、心から感謝してます」
 とたんに晴子が口に手を当てた。 涙が溢れてきたので、吉彦が耳元で囁いた。
「押さえて。 せっかくの化粧が取れるよ」
 晴子は夫を軽く叩き返し、赤くなった眼を特別な娘に向けた。
「そんなこと言わないで。 決まりなんでしょうけど、聞きたくない。 何があっても、登志子は永遠にうちの娘よ。 結婚したって、それは変わらない」
 登志子は嬉しかった。 心の奥で、ずっとそう言ってほしかったんだとわかった。







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