表紙

羽衣の夢   192 支度大童で


 準備がおおかた整い、披露宴への招待状を発送する時期になった。
 それは、予想したようにあちこちで騒ぎを巻き起こした。 選にもれたと泣き出す女子まで現われて、登志子は困ってしまった。


 ある晩、デートの帰りに、祥一郎がそっと耳打ちした。
「君の情報がどこからか入ってきて、会社の同僚がみんな、君の花嫁姿を見るのを楽しみにしてるんだ」
「え〜? そんな〜」
 登志子は閉口した。
「何を予想してるのか知らないけど、たいてい実物を見てがっかりってなるんだから」
「なるわけない」
 小声で言った後、祥一郎ははっきりと付け加えた。
「でも僕は、君を見せびらかしたくないんだ。 本当言うと、駆落ちしたい気分だ」
 確かに、そういう気持ちになるときもある。
 疲れで登志子もやや神経質になっていて、夜中にふと目が覚めて、タイムマシンで十一月を吹っ飛ばし、一足飛びに十二月になって、新居にカーテンでもかけていられたらな、と思うことがあった。


 そうはいっても、やはり式そのものは待ち遠しかった。 周りからも、一段と輝いていると言われる二人だった。
 加寿は、また連続のお寺参りを再開した。 新郎新婦の幸せと長寿を祈るためだ。
 一方、登志子の弟たちの秘密計画は、ひょんなことからばれてしまった。 家へ遊びに来た豆腐屋の娘、中山園子が、うっかり口をすべらせたのだ。
「滋ちゃん、うちで預かってる自転車ね」
 明るい園子は声も大きい。 あわてて滋がシーッとやったが、耳ざとい登志子にはちゃんと聞こえていた。
「ここで言っちゃだめだよ。 今日お姉ちゃん家にいるんだから」
 それで声を落としたものの、園子は最後まで必要なことは言い切った。
「従兄弟が遊びに来て、ダンボール箱の角を破っちゃったの」
「いいよ大丈夫だよ、テープで補修しとくから」
「滋ちゃん器用だもんね。 ごめんね」
「園子ちゃんのせいじゃないから」
「あの自転車、かっこいいよね小さくて。 畳めるのなんて初めて見た」
「みんなで金出し合ったんだけどさ、足りなくて、兄ちゃんがバイトしたんだ」
「滋ちゃんもしたじゃない。 うちで」
「あ、それも内緒だよ。 まだ早いって両親に言われてるんだ」
「わかった。 でもとっても役に立ったって、父ちゃんが言ってたよ。 滋くんは何やらせてもうまいって」
 商店街が近くに散らばっているとわかって、三兄弟は小遣いを出し合って、折りたたみ式の小型自転車を買ったらしい。 それなら置き場所の少ないアパートでも大丈夫だ。 登志子は弟たちの思いやりにほろりとし、聞かなかったふりをすることにした。




 結納がとどこおりなく済み、深見家の座敷には嫁入り家具がきちんと並べられた。
 そうなるとまた加寿の友達が大勢来て、お茶とお菓子を前に鑑賞しながら話しこんでいく。 彼女たちからの祝いの品も毎日のように増えていって、だんだん畳の見える範囲が狭くなってきた。







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