表紙

羽衣の夢   191 忙しい日々


 登志子は部屋で、引越し用の片付け物に忙しかった。
 結婚というのは相当大変なものだと、準備期間に入って改めてわかった。 特に今度の場合、新居も同時に決めることになったため、忙しさも二倍だった。
 行動力のある祥一郎は、すでに候補を条件のいい三箇所に絞って、休みのたびに登志子を誘って見に行っていた。 晴れた日だけでなく、雨の日に具合を見るのも大切だった。
「ここらはいろんな店が揃ってるし、二百メートル以内に医院と保育園と幼稚園がある。 小学校も近くにあるし」
 アパートへ入る細い道で、手帳を見ながら説明していた祥一郎は、ふと登志子と目が合うと、わずかに顔を赤らめた。
 登志子もなんとなく赤くなったが、充実感で胸が躍った。 結婚したら、将来子供を持つことを考えるのは、ごく自然だ。 祥一郎が堅実な家庭を望んでいるので、登志子は安心して彼の判断を頼ることができた。


 間もなく二人は、板の間のリビングに和室が二間ついた、高田馬場〔たかだのばば〕の築三年のアパートに、ほぼ決定した。
 そこは交通の便がいいだけでなく、静かで落ち着いた雰囲気で、大家の評判もよかった。
 最終的に決める前に、若い二人はお互いの両親に来てもらって、意見を聞いた。 吉彦は賃貸条件を熱心に聞き、晴子、加寿、それに美栄の先輩女性陣は、部屋の中を細かく見て回って、清潔さやガス・水道・湯沸し器などの設備を確かめた。
 最後に、祥一郎の父の玄蔵が、弟の結二と共に現われた。
「こいつが、どうしてもって言ってついてきちまってね。 自分のときの参考にしたいんだろ」
 それを聞いて、結二は吹き出した。
「止めてくれよ、まだオレ、ペーペーの学生だぜ」
「おまえはませてるから、きっと早い」
 断言した後、玄蔵は工場主らしい目で部屋の建て付けを調べ、まあまあしっかりしてると認めた。
「戦争前の貸家は、がっちりしたいい造りだったがな、戦後は見かけばっかりのペラペラが多いんだ。 でもまあ、これなら寝ている間にバタッと家が倒れるって心配はないだろう」
「縁起の悪いこと言っちゃだめだよ、親父」
 まるで漫才の掛け合いで、傍にいた登志子は何度も笑いそうになった。


 ともかく、見に来た皆が合格点を出してくれたため、祥一郎は安心して、賃貸契約を結んだ。 大家も、有名企業の社員である祥一郎に部屋を貸すのは大歓迎で、気前よく敷金を半額にしてくれた。


 これで住宅問題は片付いた。 といっても、まだ引越しと家具揃えが控えている。
 そろそろ色んな種類が出てきた電化製品は、祥一郎がメーカーに勤めているおかげで、特別安く手に入れることができた。
 後は家具だ。 ベッドは止めて布団にしたが、こたつは二人とも好きで、外せなかった。
 箪笥は登志子の親が、どうしてもと言って嫁入り道具にした。 そして上等な桐の鏡台は……
「加納さんが、商品券の形で私達に送ってきてくださったのよ」
 ある晩に、晴子がそっと登志子に打明けた。
「送り主の名前は出せないけれど、あの方の大切な気持ちだから」
 同封された手紙を、登志子は読んだ。 差し出た真似ですが、というへり下った表現を見て、胸が痛んだ。
「すぐお礼を書くわ」








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