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羽衣の夢   186 この招待は


 結婚式は十一月末の、吉日と日曜日が重なった日に決まった。
 結納も無事に済み、いよいよ新しい家庭を作るという実感が高まる中、登志子の元に加納嘉子から手紙が届いた。
 つい一週間前に、登志子が詳しく書いた予定報告への返事をもらったばかりだったので、登志子は少し驚いて、素早く自室へ持っていって開いた。
 もしかすると、急な仕事が入って式には行けないという内容かもしれない。
 どきどきしながら便箋を広げると、中身はまったく違ったものだった。
『前略
 梢ちゃん、変わらずお元気ですか。
 いろいろ準備で大変でしょうね。 想像して、私も楽しい気持ちにひたっています。
 ところで、急な話ですが、今度の土曜日の午後に時間が取れますか? 久しぶりにお会いできるかもしれないの』
 登志子はハッとして、胸を押さえた。
 会える? どこで!
『今年は父の十三回忌で、兄が法要を行なうことになりました。 文京区の宝専寺というお寺でやっていただきますが、お昼には終わります。
 その後、あなたとお話したいわ。 お寺の住職様は兄の親友で、とても信頼できる口の固い方です。 参拝客として正午に来てもらえれば、奥に通してくれます。
 父はあなたを認めなかった人だから、法要には興味がないでしょう。 でもできれば私のために、来てもらえればと願っています。
 かしこ』



 予定を見るまでもなかった。 登志子は行くと、すぐ決めた。 たとえ先約があったとしても、この貴重な誘いは外せない。




 その日は朝から曇りがちだった。
 しかし、天気予報によると高い雲が覆っているだけで、雨は降らないとのことだったので、登志子は一応折りたたみ傘を大きめのバッグに入れ、地味な服装で家を出た。
 もちろん親には、どこへ行くか告げてあった。 婚約者の祥一郎にも。
 祖母の加寿は、お世話になるのだからと言って、登志子にお布施を袋に入れて渡した。


 飯田橋の駅で降りて、歩いて十二分ほど。 登志子は静かな住宅街に足を進め、一度通りがかりの人に道を聞いて、高い石段がそびえている寺の門にたどり着いた。
 軽い足取りで上り終えて、屋根のついた門をくぐると、よく手入れされた庭が目に入ってきた。 日本庭園の常で、花木はあまりなく、様々な色合いの緑が優雅に地面を埋めていた。
 掃き清められた石造りの道を通っていった登志子は、途中で熊手を持った僧に呼び止められた。
「あの、お参りに来られましたか?」
 振り向いた彼女を見て、若い僧は一瞬目をしばたたき、眩しそうに細めた。
「それでしたら、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
 案内するように言われていた感じだった。 登志子は礼を言って、背の高い僧について歩き出した。











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