表紙

羽衣の夢   184 嬉しい悲鳴


 やっぱり、そうなってしまったんだ──登志子は気持ちが沈んだ。 鞍堂社長のためでもあるが、むしろ相手の女性に深い同情を感じた。
 社長の口ぶりでは、その年上女性は打算ではなく、彼を純粋に好きだから付き合っていたようだった。 まさか自分は政略結婚して、その人は日陰のままってことはないでしょうね、と、自分が幸せだけに、登志子はどうしても、彼女のほうに肩入れしてしまった。


 珍しく自宅でのんびりしていた嘉子との会話は弾み、とうとう登志子が持ってきた小銭が底をついた。
「あ、お金なくなっちゃった」
「え?」
「公衆電話なんです」
「まあ、そうだったの?」
 とたんに嘉子が早口になった。
「じゃあね、すぐに手紙書くわね。 こずえちゃんもぜひ書いて、結婚のこと詳しく知らせてね」
「はい、必ず」
 最後に一声、細いけれどはっきりと聞こえた。
「大好きよ」
 切れてしまった受話器をかけながら、登志子も心の中で呟いた。
 私も、大好き。




 行動力と人脈のある祥一郎は、すぐに結婚会場を探し始め、たくさんのパンフレットや情報を登志子のところに持ってきて、まず二人で話し合った。
 そして、高輪のホテルにしようと早い段階で決めた。
 双方の親も、その決定に賛成した。 両家は何度も行き来して、招待客をすり合わせたが、どちらもあまりの多さにお手上げになった。
「これじゃホテルの大広間だって入りきらないわ」
「断るのにこんなに苦労するなんてな」
 賑やかなのが好きな祥一郎の父の玄蔵でも、さすがにこの人数は想像できなかったらしい。
「登志子ちゃん、学校友達だけで五十人近くいるぞ」
「それでもずいぶん削ったんだって。 招かなかったら泣かれそうだって困ってたよ」
「そういうおまえだって、何だこの数は」
「これは部の連中で、こっちは会社の人で、それにもちろん近所の奴らも入れないと」
「参ったな、こりゃ」
 中倉家では、父と母と未来の花婿が、頭を寄せ合って思案した。 弟の結二は、冗談ばかり言って進行の妨げになるので、二階の部屋へ追いやられていた。


 招待状の苦労だけでなく、楽しみもいっぱいあった。 深見家の女性陣は、中倉の母も誘って呉服屋やデパート巡りにいそしみ、ついでにケーキ店と食事処で休憩して、一年は持ちそうなほど話のネタを仕入れた。
「仲人さんは、祥一の上の上の人が引き受けてくれたって」
「上の上? 格が高いわね」
「名前も高いのよ。 高峰〔たかみね〕専務っていう人でね」
「じゃ、うちもご挨拶してお願いしないと」
「よかった! 一緒に会ってくれる? なんか敷居が高くって、バタバタしてんのよ〜」
「何言ってるの、美栄ちゃん。 あんた最近ますます貫禄がついて、立派な押し出しだし、話もうまいじゃないの」
「あら、それって肉がついたっていう意味? そんなことないわよー。 銭湯に行くとき鏡見たくないとは思うけどね」
 すぐ冗談の応酬になって、笑いの絶えない食事会だった。











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