表紙

羽衣の夢   183 実母を招待


 結婚が完全に本決まりになった翌日の日曜日、登志子は再び、実母加納嘉子の忠実なマネージャーである檜山〔ひやま〕に電話した。
 去年の冬から春にかけて、嘉子は話題作に取り組んで、公開成績が非常によかった上、賞の候補にも上がりそうで、檜山はとても機嫌がよかった。
「あ、お久しぶり! よかった、今日はこちらも休日が取れて、半日自由なんですよ。 夜の、えーと七時からパーティーがあるんですけど、それまでは。
 じゃ、すぐ取り次ぎましょうね」
「すみません、お世話になります」
 礼を言って、いったん受話器をかけ、傍で待っていると、三分後にすぐベルが鳴った。
「登志子ちゃん?」
 弾む声を聞いたとたん、登志子は口走っていた。
「梢〔こずえ〕と呼んでくれませんか?」
 電話の向こうが沈黙した。
 やがてかすかに鼻をすする音が聞こえ、すっかり篭もった声が囁くように言った。
「こずえちゃん、しばらくぶりね」
「そうですね。 『雪の舞い』、ロードショーで友達と見ました。 すばらしかったです」
「ありがとう、嬉しい。 けっこう大変なロケだったのよ、なんて、ほんとのファンみたいな会話ね」
 くすっと笑った後、ようやく嘉子はいつもの調子を取り戻した。
「それで、ご用事はなに?」
「はい、祥一郎さんとの結婚が決まりました。 十月に」
「まあ」
 息を呑むようにして、嘉子は嘆声をもらした。
「いい御時節ねぇ、景色が錦のように色づいて」
「ええ」
「行きたいなあ」
 それは、心の底から湧き上がった、どうにもならない本音だった。 嘉子には登志子しか子供はいない。 一人娘が幸せな結婚をするところを、見たくない親がいるだろうか。
 登志子は頭を上げた。 周りには家族はいない。 なぜかというと、駅前の公衆電話ボックスにいるからだった。
 急に鼓動が速くなったが、登志子はずっと胸で温めていた計画を変える気はなかった。 私に命を与えて、守ろうとぎりぎりまで頑張ってくれた人だ。 来てもらうのが人の道だし、私も見てもらいたい。
「大きなホテルで挙式しようと思うんです。 招待客が多くなりそうなので。
 まだどこにするか決まってませんが、できたらそこに、前の晩から泊まってもらえたらって。 お願いできますか?」
「ええ……もちろん。 ええ!」
 次第に声が大きくなった。 信じられないという気持ちと、どうしても行きたいという望みが入り混じって、不安定に揺れていた。
「ご家族は、何て?」
「お父さんたちには昨夜話しました。 そちらにご迷惑をかけないようにすれば、ぜひにと」
「迷惑なんて……表会場に出なければ、騒ぎは起きないわ。 あなたとお婿さんを見たい。 一緒に写真が撮れたらもっと嬉しい。 撮りましょう! 万一見つかったら、ファンに頼まれたと言うわ。 実際に頼まれたことあるし」
「はい!」
 登志子の声も弾んだ。
「社長に見つからなければ大丈夫ですよね」
「社長? ああ、鞍堂さんね」
 嘉子の声が固くなった。
「困った人だけど、考えてみれば彼も哀れよね。 命は助かったものの、体が弱くなって、もう無理はできない。 必死で看病してくれた恋人とも別れさせられたし」











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