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羽衣の夢   182 母は寂しい


 いわゆる戦後のベビーブームは、登志子の二年下から始まっていて、その年はまだ、結婚式場が満員になるというほどの活況ではなかった。
 それでも、そば屋の二階や個人の家庭でという式は減り、芸能人などの華やかな披露宴がテレビで中継されるということもあって、ホテルや式場での結婚式が増えていた。
 祥一郎と登志子の場合、新郎が大会社の社員で、新婦ともども山ほど友人がいて、しかも新婦の父が大きな印刷会社の重役なので、招待客が非常に多くなりそうだった。 だから、会場選びは限られた選択になった。


 祥一郎が深見家に駆けつけた二日後の土曜日、今度は登志子が母の晴子、祖母の加寿と共に、中倉家へ行った。
 遂に『お姫様』が下町へ正式に輿入れすることになったと聞いて、三人が迎え入れられた後、近所の知り合いが次から次へと祝いを述べに訪れ、中倉の居間と応接間は人で一杯になってしまった。
 中倉の父は、ふつう土曜日でも動かしている機械を半日止めるほどの力の入れようで、自ら妻と共に玄関で三人を迎え、はじけ飛びそうな笑顔で中に案内した。
「めでたいよ、本当にめでたい。 な、加寿さん?」
「ありがとう、玄〔げん〕さん。 やはりね、鉄は熱いうちに打て、というから、お式も盛り上がったときにね」
「その通り。 さあ入って入って」


 お祭り騒ぎの中、結納が九月に決まった。
 深見一族は、式次第で譲れる点は喜んで譲るつもりだったが、中倉家のほうは神式・和服というだけで満足していて、後は若い二人が気に入るようにすればいいと言った。
「あいつは独立する」
 父の玄蔵〔げんぞう〕は、晴子と加寿、それに妻の美栄〔みえ〕に囲まれて、ひそひそ話を始めた。
「小さなアパートを借りる予定だ。 俺も二人だけにさせてやりたい。 でもここの近くには住むってよ」
「登志ちゃんがね、うちに来ていろいろ習いたいって。 そしたら三津ちゃんも来るっていうのよ。 嫁入り修業を一緒にしたいんだって」
 母の美栄〔みえ〕が楽しげに報告した。 加寿も共犯者のようににこにこしたが、晴子はいくらか寂しそうな表情になった。




 三人の女性は、快い疲れと共に帰宅した。
 夕食の席も賑やかだった。 ただ、加寿は娘の侘しい気持ちに気づいて、後片付けのとき、登志子が食器を集めに行っている間に、そっと話しかけた。
「お嫁にやるのは、どうしても悲しいものよね」
 晴子はスポンジに洗剤を落としながら、激しくまばたきした。
「お母さんも、そうだった?」
「とっても」
 昔を思い出して、加寿はしんみりと呟いた。
「あんたたちが新婚旅行に出かけた後、狭い家が急に広くなってね。 涙出そうだったんで、早く寝ちゃった」











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